じゅうろくわ―――スルーか
「椎名・・・みえねぇ」
「あ! 向こう行きましたよ!」
「みえねっつってんだよ!」
「しーっ、静かにしてください、見つかっちゃいます」
「くだんねー」
電信柱の影からコソコソと1人の生徒を尾行する2人、傍から見れば完全に不振人物だが、ここは目を瞑っていただこう。
もとはといえば、椎名の所為でこのような状況に陥ったのは言うまでも無い。
―――今から5時間ほど前にさかのぼる。
ジリリリリリリ!!
「うっせ〜」
目覚まし時計が枕元で苛立たしい音響を響かせている、布団の中から面倒くさそうに這い出てきた零は手を伸ばし目覚まし時計を止めた、だが、土曜日にもかかわらず何故目覚まし時計をかけたのだろう・・・その理由は零の鈍った脳みそでは答えを出すのに暫くかかった。
「やべ! 時間だ!」
ようやく状況を理解した零は布団を跳ね除け飛び起きる。
「ったく! せっかくの土曜を椎名に!」
そう文句を言いながらさっさと寝巻きを脱ぎ捨て、ハンガーにかかっている服と、プラスチックの物置にたたんであるジーンズを取るとさっさと着た。
今は9時20分、待ち合わせは10時、目覚ましは8時過ぎにセットしたはずだったのだが、どうやらその時間になった目覚ましは零によって無意識のうちに止められていたらしい。
「クソッ! 飯食うじかんねぇな」
冷蔵庫を開けてみるが特に食べられるものは無い、空に近い状態だ、かろうじである牛乳を取り出しコップに注ぐ、一息つこうとドアに入れられている朝刊の新聞を取り、テレビのスイッチを入れた。
今にある小さなソファーに腰を下ろす。
『このところ、都市部では連続通り魔事件が多発しています、死人は出ていませんが重傷・・・』
「物騒だな、通り魔なんて、よえぇことしてんじゃねーよ」
零は牛乳を飲みながら一言呟いた、目を通す新聞でもそんな記事が書かれている、どうやら今回で6件目、中には女性や子供もいるらしく、頭をバットで殴られて重症。
一通り新聞を読み終わった零はテレビを消し、飲み終わったコップを台所に置いて、急いで部屋から出る、鍵をかけ終えると走りにくい靴ながら全力で駅を目指した。
「遅いですよー、何してたんですか?」
改札の方から椎名の声が聞こえる。
「なんもしてねーよ、っつーか、学校より雰囲気ちげーな、お前」
改札をくぐった零は声のしたほうを向いて少し目を丸くする、椎名は白いワンピースを着ていて、腰に黒のベルトを巻いている、髪の毛はほどいてあり、腰まで伸びる黒髪が少し印象的だ。
零はと言うと、ダメージジーンズと英語の描かれている半そでに、薄め赤いチェックが入ったシャツを羽織り、首には髑髏をかたどったペンダント。ともあれ元から身長は高いためかなり似合っている。
「そうですか? 髪を結んでないだけですけどね?」
「まー、いいや、他の奴らは?」
「え? いませんけど?」
その言葉に零は首をかしげる。
「あ? 柊とか栗歌とか呼んでないわけ?」
「ええ、はい」
「マジ?」
「はい」
椎名の頭にハテナマークが見て取れる、何故そんなことを聞くんでしょうか、とでも言いたげに。
(おいおい、マジかよ・・・椎名と2人でどっか回るって・・・)
頭の痛い零である。
「では、行きましょうー」
「っつーか聞いてねーんだけど・・・どこ行くの?」
「そうですねー、零君は行きたいところあります?」
「つまりは決めてねーんだな?」
そういうことである。
「余り詳しくないもので」
「じゃーなんで誘ったんだよ・・・しゃーねーな」
面倒くさいように後ろ髪を掻く零は、そのまま違う駅のホームの階段を降りる。
「あ、何処行くんですか零君?」
「お前が何も決めてねーって言うから俺が決めてやってんだよ、この電車に乗れば、とりあえずは都会に着く、そこらで適当に見てまわりゃーいいだろ?」
「なるほど、いい考えです」
「ほら、行くぞ」
ちょうど電車が着いたところで零と椎名は乗り込んだ。
暫くすると、町の様子はがらりと変わり排気ガスと人々でごった返す町並みが車窓から見える。
「凄いですねー」
「ってかよ、何でここ知らねーんだ? 結構有名だけどな?」
子供のように窓から見える景色に目を光らせる椎名を見て、ふと浮かんだ疑問をたずねた。
「実はですね、私の父親が転勤ばかりで、余り同じところに住んでいたことがないんです、でも、高校生になってからは父親が心配してくれて、仕送りを貰って1人で駅の近くのマンションに住んでるんです」
「ふーん」
余り他の人の家庭事情に深く入り込むのは気が引ける、零はそれだけ聞くと口を閉じた。
目的地に着いた零と椎名は改札をくぐり外に出る、学校付近とは大違いに人の多さに椎名は驚きの声をあげる。
「こんなにいるんですか?」
「あたりめーだろ、ここは主要都市みてーなもんだからな」
「では、いきましょー!」
椎名はそう言うと早足で人ごみのかなに突っ込んでいく。
「おい! 勝手に行くんじゃねー! ったく」
そう言うと零は椎名の後を追った、だが、眩しいぐらいに笑顔の椎名は見ていて悪い気はしなかった。
その後、椎名が片っ端から面白そうな店に入り、何かと理由をつけて品物を買い、今は昼過ぎにも関わらず、既に零の両手は荷物で塞がっている。
「おい! もう良いだろうが! 俺が限界だっての!」
さっさと次の店に入ろうとする椎名を零は止める。
「えー、全部回れないじゃないですかー」
「何全部回ろうとしてるわけ!?」
「こんなところ滅多にこれないじゃないですかー」
「行けるだろうが! 実際電車賃もそんなに高くないんだからよ!」
「でもー」
「うっせー、兎に角この荷物をロッカーに預ける、それはゆずらねーぞ?」
「しょうがないですねー、我が儘で」
「このままこの荷物放り投げるぞテメェー!」
こんなやり取りをしながら、零と椎名は荷物を預けるためのロッカーへと向かう、幸運なことに1つ開いている、零は小銭をいれ、たまりに溜まった荷物をロッカーに放り込む。
「ま、とりあえずはこれでよしとしよう・・・椎名? 何やってんだ?」
ふと周りを見渡すと、椎名が電信柱に隠れながらなにやら覗いている様子。
「おい!しい・・・」
「静かにしてください・・・零君あれ」
口に人差し指を持っていきながら左の人差し指で一点をさす、零は気になりそのほうに目を移す。
そこにはフード付の半そでパーカーを着ている青谷の姿。
「青谷? あいつなんであんなところに?」
「きっと迷子ですね」
「お前、感性ずれてるよな」
「とりあえず気になります、尾行しましょう」
「お前の感性を真に受けながらツッコムとすれば、迷子を尾行するの?」
「零君も早く隠れてください! 見つかっちゃいます」
「俺のツッコミはスルーか・・・」
そういいながらも椎名に連れられ零は後ろに適当に隠れる、この距離があれば見つかることは無い。
零は電信柱の物陰からチラリと青谷の表情を伺う。
(どーも、遊びに来たって表情じゃないな・・・)
険しい目つきの青谷を見て何かあると零は思った。
―――続く。