じゅうはちわ―――守られてばっかりだ
どうやって湧き上がる憎悪を消してくれようか、どうやってこの引き裂かれそうな悲しみを消してくれようか、どうやって今でも破裂しそうな怒りを治めてくれようか、答えなど既に出ている・・・復讐だ。
薄暗い使い古された倉庫の中、青谷はさらに目つきを強張らせ敵一味へと視線を移す、今にも飛び掛りたいという衝動を何とか押さえ、怒りに震えながら言葉を声にする。
「テメェらが・・・連続通り魔か?」
「ああ、そうだけど・・・だから何?」
意外とあっさりと事実を認めた、それにより青谷の憎悪、怒りはさらに燃え上がる。
「意外とあっさりと思ったか? そりゃそうだ、何日も前から俺らのことかぎまわっている五月蝿いハエがいると聞いてね、部下に探らせればこの様さ」
額に刺青を入れた男は笑いながらそんなことを口ずさむ、そして男は椅子から体を乗り出した。
「で? そんなことがわかったところで・・・高校生の君がどうするわけ? それよりわからないのが、何で被害を受けていない君が俺たちをそんなに怨むのかな?」
「わからねーのか? テメェらがやった中に、俺様を怒らせるような人物がいたんだよ」
「はぁ? ああ、そう。そりゃご苦労さんだね、っつーか襲った奴なんかいちいち覚えてないっつーの」
悪びれも無く男は笑う、それにつられてか、周りの男もニヤニヤと汚らしく笑い飛ばす。その時点で、青谷は限界を当に超えていた。
「ぶっ殺す!」
地面を強く踏み込み男の集団に突っ込んだ、1番手近にいる男の懐に膝蹴りをお見舞いし、背後から殴りかかってきた男には顎に強烈な蹴りを当てる。
一瞬にして2人が地面に転がる。
「ふぅーん、なかなかやるんだね」
椅子に頬杖を付きながら男は惚けていった。
「何余裕かましてやがる・・・・・・後5人か・・・ぶっ殺してやるよ」
周りを見渡し残りの人数を確認した青谷は口の端を吊り上げる。
「余裕すらでるさ、なんたって仲間は大勢いるからね」
男が笑うと、出入り口から何十人もの不良がゾロゾロと現れた。
「こんなに人数をつぎ込まなきゃ俺様を倒せないのか? かなりチキンだな」
「何を言われたって良いさ、俺に楯突くのは排除する、もっと楽しみたいんだよ・・・人を凶器で殴る感触、たまらないからね」
「反吐が出るな」
「やれ」
男は青谷を指差しながらそう言い捨てた。
「なるほど、青谷君はその通り魔に腹を立てていると、そういうことですね」
「まあ、物凄く省いたらそういうことだ、詳しいことはあいつに聞けば言いしな」
そういいながら、零はチャラ男に聞いた青谷を見かけた場所へと急ぐ。
「では、急ぎましょう!」
「そうしてるっての」
ボガッ! ゴスッ! バゴッ!
鈍い音が何度も響き渡る倉庫内、周りを囲む男共はあと30前後、青谷の周りには何人もの男が転がっている。
だが、だからといって青谷が有利とは到底いえない、頭からは血が流れ、服は既にボロボロ、息は荒く、目はにごった灰色をしている。
「まさか、ここまでやるとはね」
椅子に座っている男は少し驚いたように言ったが、この人数では所詮ここまで被害は出ない、そろそろ彼の限界は近い。
「さあ、さっさと沈めろ」
男の言葉で一斉に何人もの男が飛び掛る。
1番最初に突っ込んできた奴には蹴りを食らわせる、一撃で地面におちた、次は横から、これも何とか拳を顎にあてノックアウト、だが。
前方だけに気を取られていたため、背後から迫るバットに一瞬だけ気配を捉えることが出来なかった、気が付いたときには既に避けられる距離ではない、苦肉の策として左腕でそのバットを受け止める。
ミシリと鈍い音と鋭い痛みを青谷は唇をかんで堪える、その隙に男は太ももにバットを振り下ろす。
「ぐうっ!」
足の力が抜け青谷はガクリと膝を突く、追い討ちをかけるように懐に重い蹴りが入り、青谷は地面に仰向けに倒れる、情けない・・・体に力が入らない。
「意外としぶとかったな、高校生・・・スカウトしたいぐらいだが・・・終わりだ」
男は椅子から立ち上がると、手下からバットを奪い青谷の前にそれを振りかぶる。
(また、守れなかった・・・いつも・・・いつもそうだ、俺は・・・)
振り下ろされる凶器が遅く感じた。
(守られてばっかりだ)
「姉ちゃん・・・」
消え入りそうな声で青谷は言った、その時である。
恐ろしい速度で飛んできたもう1つの金属バットが振り下ろす男のバットに当たり、吹き飛ばした。
「っ! なんだ?」
男がバットの飛んできたほうを見た。
「随分と派手にやられてんじゃねーかよ、小説根暗」
ニヤリと笑いながら立っていたのは、零であった。
「テメェ、なんでいやがる」
「たまたまテメェを見つけただけだ、そしたらこいつが五月蝿くてよ」
今しがた付いた椎名を零は指差す。
「あ、青谷君無事みたいですね。よかったです」
「無事に見えんの? 眼科行けば?」
青谷の状態はボロ雑巾並みである。
「お前ら、コイツの仲間か?」
男が青谷を指差しながら聞く。
「はぁ? 馬鹿言うんじゃねーよ、意味わからないところに刺青してる刺青男、ただ、最近ここいらで暴れてる通り魔を退治しに来ただけだ」
「なっ! 刺青を馬鹿にするんじゃねー! テメェら、コイツもぶっ殺せ!」
どうやら刺青には相当愛嬌があるらしい、少し馬鹿にしただけでお怒りの様子。
「良いのか? 俺は今椎名との会話でイライラマックスだぜ?」
パキパキと指を鳴らしながら迫る男共を・・・一瞬で相殺。
詳しく言えば1人ぶっ飛ばし、また1人ぶっ飛ばしを驚異的なスピードでこなしたため、一瞬。
「なんだ、骨のないやつらだな」
零はそう言うと男に視線を移す。
「こっ、コイツ何者だ? あの人数を一瞬で・・・」
恐ろしさに男の表情が強張る。
「くだんねー、こいつ1人に雑魚何人用意してんだよ、もっと骨のある奴出して来な」
零が男の方に一歩踏み出すと、男は慌てて零との距離をとろうとする、だが、慌てた所為で椅子に自分の足を引っ掛けなんとも情けない転び方をした。
「うっつ〜!」
「ださ、連続通り魔が聞いて呆れるな」
少しずつ敵の恐怖が高まるようにゆっくりと零は距離を縮めていく、昔の悪い癖だ。
完全に逃げ場をなくした一匹狼は何か無いかと周りを見回す、するとちょうど弾き飛ばされた金属バットが目に入る、男はすかさずそれを掴むと立ち上がり零に向かって突っ込んだ。
「死ねぇぇぇええ!」
ガツン!
振り下ろされるバットを避けもせずまともに頭に喰らった、鈍い音が響く、だが、零は自分にぶつかったバットをガシリと掴むと自分のところに引き寄せる、必然的に男も。
「テメェはこんなのでしか強くなれないんだな、呆れた」
ツーと零の右頬に血が伝う、零の眼光は怒りではなく悲しみ、哀れみを
含んだ軽蔑の光りであった。
ギギギギギギ!!
途端、零が手に力をこめると金属が悲鳴を上げながら形を変え始める。
「ヒッ! ヒィィィィィィ!」
金属バットが目の前に立っている高校生によって呆気なく形を変えた、恐怖や絶望では到底表しきれないほどの黒い感情が男に湧き上がる。
「消えろ」
男の顔に零の拳がめり込んだ、男は吹っ飛ばされ、ごみだめに突っ込む。
「こんなんじゃイライラもおさまらねぇな」
手に形に変形したバットを持ちながら零は呟くそうに一言言ったのだった。