ごわ―――聞こえてんだよ、柊ぃ!
「おい!! 勝手に俺を班長なんかにしやがって、どういうつもりだ、ああ!?」
バスに揺られながら後ろの席から怒鳴りつけたような声が聞こえる。
「だってー、私は班長向きませんし、栗歌(くりか)さんと見暮(みくれ)さんはやりたく無いそうなんで、零君に決定です」
「あのなぁ〜! 話し合いも糞もねーじゃねーか! 男子も3人いるのになんで俺なんだよ!」
「カッカしないでください、ほら、小魚あげますから」
椎名はバッグの中から『小魚君』と言う商品名が書かれた袋を零の目の前にちらつかせる、だが、零のイライラは募るばかり、小魚君を奪い取り前の席に強引に座る。
「ごめんねー、零君、勝手に決めちゃって」
向かい側に座る黒髪ショートヘアーの女の子が手の平を合わせ拝むように誤る、彼女が栗歌 怜奈(くりか れな)
「うるせえ、柊、オメーやれ」
栗歌の言葉を無視し、隣に座る柊を指差しながら零は言った。
「え!? ぼ、僕は出来ないよ、班長なんて柄じゃないし・・・」
焦りながら柊は両手を前に出しブンブンと左右に振る。
「っふぁく、ほいつもこいふも」
(小魚は食べるんだ・・・)
柊は心の中で思った。
零は膨れっ面のまま、小魚を口に詰める、兎に角苛立っている、食べ物を口にして苛立ちを隠そうとしているわけだ。
「それにしてもよー、あの柊より根暗なあいつは何者だ?」
零は前の席に座りながらバスの中にもかかわらず小説を読んでいる男子を、椅子の隙間からのぞき見る、目が痛くなるようなビッシリと詰まった文字に一瞬だが零はめまいを覚える。
「青谷(あおや)君の事?」
「なんだ、柊、知ってるのか?」
「知ってるも何も、同じ中学だったんだ、かなり問題児でさ・・・頭も良いから手に負えないんだ」
柊が声を小さくして零に耳うちする。
「聞こえてんだよ、柊ぃ!」
「ひ!」
突如前の席からギラリと目を輝かせた青谷が顔を覗かせる、その目に睨まれた柊は小さく悲鳴を上げる。
「俺様が何だって?」
「うわー、俺様とか・・・ださ」
「ちょ、ちょっと朱雀君?」
それを聞いた青谷は零を睨む、その視線を零は笑いながら受け止める。隣の柊はしどろもどろ。
「てめぇ、俺様に難癖つける気か?」
「は? 難癖を付ける相手でもねーよ」
「んだとコラァ!」
完全にキレタ青谷は席から乗り出し、零の胸倉を掴み引き寄せる。
「おめぇ、少し喧嘩が出来るからって調子に乗ってんじゃねーぞ?」
凄みをきかせた怒鳴り声を零は鼻で笑いながら口を開く。
「お前、カルシウム足りてねーんじゃねーの? 小魚でも食えよ」
青谷の眼前で小魚君をユラユラと揺らす、笑っている小魚の表紙が青谷の闘争心をさらに煽る、奥歯を鳴らし、拳を握り締め振りかぶったその時。
「そこ! 何やってる!」
1−Aの担任と、付き添いで乗った体育のがたいが良い先生が青谷と零に声をかける、青谷は軽く舌を打つと零を席に突き飛ばした、青谷はそのまま元の席に座り、また読みかけの小説を開く。
一瞬にして空気が壊れ、静寂とバスのエンジン音だけが響く。
「青谷君は喧嘩物凄く強いんだ、朱雀君もあんまり煽らないほうがいいよ」
隣の柊は顔を真っ青にしながら零に言った。
「喧嘩が強い、か、へぇ〜」
ニヤリと笑いながら零は前席を見つめていた。
「何やってるんですかー、零君」
「うお! 急に声かけんなよ」
席の隙間から椎名の暗い声が聞こえ零は驚いたように席を立つ。
「それよりも、零君、班長ともあろうあなたが、喧嘩なんてしてはいけません」
「いや、班長にしたのアンタだろうが―――」
「罰として、小魚君もう一袋食べてください」
バサリと頭上から小魚君が落ちてきて、零の頭に綺麗に当たり、膝の上に落ちた。
「てめぇ〜っ!」
怒りに振りえながら零は小魚君を握り締める、笑っているはずの小魚君の表紙はしわくちゃになり泣いているようにも見えなくは無かった。