ななわ―――何処の雑魚だ?
「これで、最後だな」
零が色あせた台に乗っている掠れたスタンプを五つ埋まった紙の最後の欄に押し付ける。
「はい! これで全部のチャックポイント回りましたね、さあ、帰りましょう!」
「なぁ、お前さ、何でそんなに急いでいるわけ? ゆっくりいこうぜ」
零がため息をつきながら急ぎ足で遠ざかる椎名を呼び止める、すると、椎名はもどかしいように顔を歪める。
「だって、商品欲しいじゃないですかー、早く行きましょうよー」
「あのなぁ〜、お前は良いかもしれないけど、俺は疲れてんだよ、他の奴らも見てみろ、お前の歩くペースに合わせたら、俺らがぶっ倒れちまうよ」
零の後ろで荒い息をしている2人と少し彼らと距離を離して歩いている青谷と見暮を指差しながら零は言う、思った以上に椎名の歩くのが速い、零も少し脇腹が痛み始めた。
「だって、商品欲しいじゃないですか」
「んなもん、どうせろくな物じゃないだろうよ、速く行くだけ無駄さ、ってかさっきそれ聞いたわ」
「商品・・・」
「しつけー! そんな心配しなくてもこれだけお前が速けりゃ他の奴なんて既に相手じゃねーよ、ここからはゆっくり行く、不満があるならお前が先に行け」
零は目を細めながら椎名に言い放つ、少し強い口調だが、的確に真意は付いている。
「・・・わかりました、1人で行くのは嫌です」
少し不満を思わせるような口ぶりで椎名は承諾する。
「っつーか、昼前にチェックポイント回りきるってどんなハイペースだよ、しおりにはどっかで飯食って来いって書いてあるんだけど・・・このあたりになんか店あるのか?」
零はキョロキョロ辺りを見回すが、こんな山中に店などあるはず無い。
「あ、あのさ朱雀君、結構前に蕎麦屋見つけたんだけど」
それを聞くと零は眉を潜めながら柊の肩に手を回す。
「柊よー、今から戻るのがどれだけ面倒くさいかわかるよな?」
「そ、そうだね・・・」
「それならさ、地図になんか書いてないの? ここにお店があります、とかさ」
栗歌が柊と零の間からニュと顔を出した、それを聞くと零はナルホド、と思いしおりの最後のページを開く。
「・・・店じゃねーけど、コンビニならゴールの少し手前にあるな、これ考えた奴誰だ・・・飯食う場所も全然ねーじゃねーかよ」
悪態をつき、1人で虚空にツッコミを入れる零はしおりを閉じる。
「じゃあ、そこまで行ってしまいましょう! 私、お腹すきました」
「オメーのせいで飯食い損ねたようなもんだけどな」
零は後ろ髪を掻きながらさっさと先へ行ってしまう椎名を追っていった。
「朱雀の野郎・・・ぜってー、一泡ふかしてやる」
班から完全に孤立した青谷は握りこぶしに力を入れながら、零を睨んでいた。
―――コンビニにて。
「ど、どうするの? これじゃあ、入れないよ」
零の後ろに回りながら弱弱しく声を出すのは柊。
「うっぜー、何処の高校だよ、コイツら」
目を細めながら面倒くさそうに頭を掻く零、それもそのはず、コンビニの駐車場と思わしき場所には制服を着たまま、たむろっている何人もの不良。タバコを吹かし、地面に座り、髪の色は目がチカチカするほど多種多様な色をしている。
零はため息をつきながら口を開く。
「別に大したことやらなきゃ、目はつけられねーよ、行く・・・って、んでお前ら全員俺の後ろにいるわけ?」
ジト目で見ながら零は後ろに並ぶ柊と栗歌、椎名に言った。
「だ、だって、怖い」
と柊。
「絡まれたら嫌じゃん?」
と栗歌。
「いざとなったら零君を盾にします」
と、なぜか楽しそうな椎名。
「おいまてコラ、2番目までよしとするが、何で俺がお前のために体張らなきゃ何ねーんだ?」
零が椎名を指差す。
「だって、1番頑丈そうじゃないですかー」
「おめぇさ、何でそんな笑顔なわけ?」
笑顔で言う椎名に零はイラついたように口を開いた。
「さあさあ、早く行きましょう、見暮さんも青谷君も着いてきてくださいねー」
少しはなれたところにいる2人に椎名は呼びかける、それを無視したように2人は椎名から目線を外す。
後ろから容赦なく押される零は抵抗できぬまま不良の巣窟となっているコンビニの前にたどり着く、たどり着いた途端、何人もの不良が睨みを利かせながらこちらをじろじろと品定めでもするように視線が全身をなめ回す。
(くだんねー)
視界に映る不良を見ながら零はコンビニのドアを開ける、センサーが反応し、店内にメロディーが鳴り響く。
店内に入ると後ろにいる2人は深く息を吐いた。
「怖かった」
「やめてほしいよ、不良高校と一緒の日にちにキャンプなんて」
「お弁当どれにしましょうか・・・」
「危機感ねー、あいつ」
肩を落としながら、零はチラリと後ろを見る、案の定、店内を鋭い眼光で見つめる不良、まあ、どういうことかはわかっている。
(さて、本腰入れるとするか)
喧嘩はしない、と思っていたのだが、どうやらこの状況を見るにいたっては不可抗力が働きつつある、そもそも、ここ以外にコンビニがあればこういうことにはならずに済んだという話である。
だが、現実を見よう。
(喧嘩なしでは、俺は無理らしいな・・・)
自嘲気味に零は思った、昔と何も変わらない自分に。
「零くーん、何にするんですか?」
「あ、ああ・・・直ぐ決める」
椎名の声でハッと我に返った零は店内の奥に並ぶ握り飯を三つほど手に取り、茶のペットボトルもついでに買うことにした。
全員金を払い終えると店内の外へと出ようとする、しかし、不良たちは既に違う相手を見つけたらしい。
「おい、糞根暗・・・てめぇ俺に肩ぶつけといて侘びの言葉もねぇのか!」
1人の不良が青谷の胸倉をムンズと掴み怒号を飛ばす、だが、青谷の眼鏡の奥からは、屹然とした眼光が敵に向ている。
「あいつ・・・ったく」
呆れたように零はため息をつくと、怯えている柊の目の前に握り飯が入っているビニールの袋を目の前に突き出した。
「ちょっと持っとけ」
「え、で、でも」
「いいから、持っとけ」
強引に柊の手に袋を手渡すと零は店内から出て行く、そして、青谷の胸倉を掴んでいる男の肩に手を置く。
「ちょっといいか? コイツ俺の班員なんだわ、手、離してくんね?」
なるべく温和な声色でその男に言った、だが。
「なんだてめぇーは・・・班員だぁー? だったら貴様も詫びを入れろや!」
青谷から手を離し零の面前で怒鳴り散らした、口から飛び散る唾を零は嫌そうに右手の甲で拭い、そして。
「下手に出た途端これかよ、くだんねー」
怒鳴り散らした男を零は威圧するように見据える。
「な、なんだ、やんのか?」
零の殺気に気圧された男は胸倉を放し少し零との距離を離す、それを詰めるように零は一歩踏み出す。
「てめぇ、何処の雑魚だ? さっさと消えろ」
先ほどの温和な声色は微塵も聞き取れない低く暗い声色で敵を威嚇する。
「う、うるせぇぇ!」
退路を絶たれた男は拳を握り、振りかぶった。
その予備動作を見ていた柊は目を瞑る。
直後鈍い音が店内にも聞こえる、恐る恐る柊は目を開いた、そこに立っていたのは・・・左足を元の位置に戻す、零であった。
男の拳が零に届く刹那、零は右足を軸に男のこめかみを狙い鋭く突き刺さるような蹴りを放った、余りの速さに一瞬だが零の足がぶれる、男は軽く3メートルは飛び、地面に叩きつけられると呻くように地面に這い蹲る(はいつくばる)。
「くだんねー、雑魚は雑魚らしくしてろよ」
零はそう言うと他の不良に目線を移す。
「他は?」
零がそう言うと周りの奴らは全員零から視線を外す、もう何もしてこないであろう。
零はそれがわかると、店内にいる椎名たちにこっちに来いと手招きする。
早足で他の班員が零のほうに集まる、それと同時に口々に質問の嵐。
「す、朱雀君ってそんなに強いの?」
「ねぇ、今の蹴り何?」
「うっせー、ほら、行くぞ、ったく」
面倒くさいように零は後ろを向くとさっさと歩き出してしまった。
青谷は乱れた制服を調えると鼻を鳴らし、コンビニから立ち去った、静寂の残るコンビニ前、その中で1人の男が怯えるように言った。
「す、朱雀って、あの紅中の朱雀か?」
柊が口にしたその名を一人の男が聞いたのだ、それを聞いた途端、周りの不良たちにどよめきが走る。
「ばかな、あいつは姿を消したはずだぞ?」
「でも、あの蹴りは普通じゃねー」
「う、うそだろ? あれ、何処の高校だよ?」
口々に意見を求めるが答えなど出るはず無い、彼らの心には不安しか残らなかった。