小説『【完結】Cherry Blossom』
作者:bard(Minstrelsy)

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レースゲームで二勝一敗、UFOキャッチャーでぬいぐるみが二つ、シューティングゲームでノーミスクリア。
今日のゲーセンの戦果は上々だった。いつも以上に集中していたからかもしれない。
多分、他のことを考えない為に。
「半端ねえな」
「何が」
「お前の戦果」
俺以上の戦果の奴に言われたくない、と心の中で呟く。奴は景品の詰まった袋を二つも抱えていた。
覗いているのはぬいぐるみやフィギュア。一体どれだけ取ってきたのだろう。
と、景品の詰まった袋から何かを取り出し俺に渡してきた。
ファスナーアクセサリーを二つ。しかも同じ種類だ。
「何だよ」
「やるよ。ダブったし」
「何で二つ」
「ダブったし。あの子に一個上げりゃ良いだろ?」
「余計なことを……」
二つとも突き返そうとした俺の腕を掴み、そいつはゲーセンの外へと俺を連れ出した。
他の奴は奥の方で対戦でもやっているのか、姿が見えない。俺達が居なくなった事も解らないだろう。
自販機の並ぶコーナーまで来たところで、ようやく俺は解放された。
掴まれていた腕が痛い。軽くさすりながら周囲を伺う。
近くのベンチには誰も居ない。ゲーセンの喧騒は遠く、人気は全く無い。静かで、話をするには丁度良い場所だ、とふと思う。きっと何かを俺に言うつもりでここに連れて来たに違いない。
そいつはベンチに腰を下ろし、俺も座るように促した。
「何なんだよ」
俺を呼んでおいて、そいつは何も言わない。俺を無視して、携帯を弄っている。
このスペースは時折人が通る程度で、ひっそりとしている。俺とそいつの間には、沈黙しか無い。
一向に口を開く気配のないそいつにしびれを切らし、ベンチから立ち上がる。
「用がねぇんだったら、俺は戻るぜ」
「待てっての。用有るし」
ようやく口を開いたものの、携帯から目を離さない。誰かとしきりに連絡を取っているらしい。
「だったらそっち済ませてからにしろよ」
俺の苛立ちが伝わったのか、そいつは携帯を閉じて俺を見る。呆れと、少しの怒りが混じった表情だった。
滅多に見せない表情に、俺は少し戸惑う。
「何だよ……」
「とりあえず、座れよ」
ベンチに座り直した俺に、そいつは言う。
「お前ってさ、人の気持ちに疎いんじゃねーの」
「疎いって……」
「あの時何にも感じなかったのか、お前」
容赦のない、強い声。
あの時。多分、彼女と別行動を取ると言った時のことだろう。
「気まずいとかそういうのは感じてたけど?」
「ふざけてんじゃねえよ!」
重い衝撃。息苦しさ。俺を睨む目。
そいつは俺の襟首を掴み、押し殺した声で続ける。
「あの子見て何にも思わなかったのかよ。あの子がどう思ってるとか、どう考えてるとか、そういう気遣いしてやれないのかよ。お前、幼馴染みだろ。幼馴染みのくせに、何にも解ってねえのかよ」
掴まれた襟首を揺すられる。容赦なく畳みかける声に、頭の奥が熱くなる。
俺はそいつの腕を乱暴に振り解いた。耳の後ろで、鼓動が大きくなるのを感じる。
「幼馴染みが何だってんだよ。お前こそ、言われる俺の身にもなれよ。気遣いがどうこうって、お前が言える立場かよ。ふざけてんのはそっちだろ?毎度毎度ネタにしてんのはお前らだろうが!」
握り締めた手が、声が、震えている。怒りのせいだろうか。
今にも殴りかかりそうになる身体を、どうにか押さえつける。
俺の言葉は止まらない。
「何? お前アイツに惚れてんの? それならそうと言えばいいだろ? 回りくどいことやらなくても好きだってアピールしたら? それとも振られたのかよ。八つ当たりか? 幼馴染みつってからかうのも……」
再びの衝撃。反転する視界。遅れてやってくる、後頭部の痛み。
ベンチに叩きつけられたと解るのに、数瞬かかった。痛みで声が出ない。
「……確かに悪かったよ。からかい過ぎたのは悪かったと思ってる。俺は別にあの子のことに関しちゃ何にも思ってねえんだよ。ただな、お前があの子に関して何にも思ってないのは許せなかった」
「どういう……ことだよ」
絞り出すように質す。痛みと息苦しさで、眩暈がする。
「お前は、お前自身の気持ちが解ってない。あの子のことも解ってない」
もう一度襟首を掴まれる。
「たったそれだけかもしれない。どうでも良い事かもしれない。けど、けどな。あれじゃ可哀想だよ……お前も、あの子も!」
振り払う力はもう無い。
反論する言葉も、無い。
そいつは俺を引っ掴んだままだった。視界が揺れる。どうやら引き起こしただけらしい、と気付くまで時間がかかった。
頭がぼんやりとする。強く打ったせいじゃないのは解っている。
回る視界、突き刺さる言葉。俺は――。


ぼんやりとしている俺を見てはマズイと思ったのか、冷たい缶ジュースを「奢ってやる」と俺に渡す。
そいつもジュースを飲む。俺はしばらく手の中で転がしてから、蓋を開ける。
熱くなった身体に、冷たいジュースが染み込んでいく。その感覚は、中々に心地良い。
しばらくの沈黙。先に破ったのは、そいつだった。
「まぁさ、ちょっと熱くなっちまったけど…」
ちょっとどころじゃねえよ、と反論しかける。掴まれた腕も、襟首も、打った後頭部も痛い。
「こうでもしねーと、お前の本音解りそうにもないし、お前自身も気付きそうもなかったし」
だから手荒な手段を使った、と呟くように言う。俺はもう苦笑しか出ない。
不器用な奴だと思う。だけどそれは、俺も同じなのかもしれない。
「……で、その俺の本音とやらは解ったのか」
「大体な。お前自身もそうじゃないのか」
「多分、な」
言葉で伝えるのは得意ではないからこその、荒療治。
こいつに無茶苦茶やられなくても、多分俺は解っていたはずだ。ただそれがどういうものか、気付いていなかっただけだ。
それが何なのか、どういうものなのか、今の俺には解っている。それはこいつのお陰なんだろう。
「でも素直に礼を言う気にはなれない」
「……悪かったよ」
ジュースを飲み干す頃には、痛みも引いていた。
「戻るぜ。他の奴ら放っといたままだ」
「そうだな」
応じながら、俺は頭の片隅で考えていた。そいつに言われた言葉と、俺の本音を。
(「お前は、お前自身の気持ちが解ってない。あの子のことも解ってない」――)
そう、俺は何も解ってなかった。いや、解らないフリをしていただけなのかもしれない。
解らないと誤魔化して、嘘を吐いて、逃げていたのかもしれない。あいつから、そして、俺自身からも。
「……何笑ってんだよ」
知らずと笑っていたらしい。
「打ち所が悪かったのかも」
本気で慌てるそいつの様子に、俺は腹を抱えて笑い出す。安心したのか、そいつも少しだけ笑った。
「二人して何やってたんだよー。居なくなってびっくりしたぜ」
ゲーセンに戻るなり、放っといた奴らに文句を言われた。そいつのせいだ、と俺は指差す。対戦やるからお前が奢れ、とそいつが引っ張って行かれる。ちょっとした仕返しだ。
気付けば、一人喧騒の中に取り残された。ゆっくりと連中の後を追う。
少しの痛みと、口に出さなかった本音を抱えて歩く。
俺はもう、逃げない。

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