小説『【完結】Cherry Blossom』
作者:bard(Minstrelsy)

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一人が帰ると言い出したところで、解散となった。
俺達はあれから結局ゲーセンに居っぱなしだった。言ってしまえば、いつもと変わらなかった。
ただ一点を除いては。
帰り際、あいつは俺に耳打ちした。
「頑張れよ」
「……言われなくても」
その答えに満足したのか、あいつは俺の肩を叩くとそのまま皆と帰っていった。
(解ってるって)
解っている。これからどうするか、くらいは。どうしたいか、という事も。
とりあえず、彼女と連絡を取らなければならない。
その存在をすっかり忘れていた携帯に手を伸ばし、気付く。
(逆に向こうが先に帰ってる可能性もあるんじゃねえの?)
そう思うと、呼び出し時間が妙に長く感じる。
いつだったか、メールにも電話にも応じなかった俺に対して怒っていた彼女。その気持ちが今なら解る。
『もしもし?』
いざ応答があるとびっくりする。そんな自分が、何だかいつも以上に情けない。
「あーっと、まだ友達と一緒か?」
『ううん、もう皆帰ったよ。またメール見て無いの?』
そう言えば「新着メールアリ」の表示が見えた気がする。
「悪い、見るの忘れてたわ」
まぁ良いけどさ、と呆れ半分諦め半分に言われた。
「これからどうするよ」
時間は五時半を過ぎたところだ。少し早目の夕飯には丁度良い時間だろう。
『美味しいとこ知ってるの。ちょっと早いけど夕飯にしない?』
彼女も同じことを思っていたのかもしれない。
「じゃ、レストラン街の辺りで」


遅れたのは、かなり意外なことに、俺の方だった。
「珍しい」
「ホントにな」
幸いなことに彼女の機嫌も良かった。文句を言われるかと焦っていたが、特に何も言われなかった。
それよりも食欲を優先したいらしい。こっちだ、と俺を先導していく。
連れて行かれたのは、イタリアンだかフレンチだか解らないが、とりあえず男同士ではまず行かない店だった。
軽く照明が落とされている。代わりに、ランプに見立てた照明が各テーブルに置かれている。
夕食というよりも、ディナーと言った方が相応しいかもしれない。
「ここさ、オムライスドリアが美味しいんだよ」
「……何それ」
「ここのオススメ。一度食べてみると良いよ」
そういえば表の看板にも「当店オススメ!」と大きく書かれていた。オススメなら、そう外れは無いだろう。
俺と彼女は揃ってその「オムライスドリア」とドリンクバーを頼んだ。
「飲み物、何にする?取って来たげるけど」
「じゃ、アイスティーで」
彼女が席を立つ。何気なしに置かれた荷物に目が行った。
小さい紙袋と中くらいの手提げが一つずつ。
良くは知らないが、女の子が好きそうなモノで、俺には縁の無い代物だというのは解った。
「何か面白いものでもあった?」
気付けば、彼女が戻って来ていた。
「いや……色々行って来たんだと思って」
俺は袋を指差す。
「まぁね。コスメコーナー行ってきて、ウォータープルーフのマスカラとか見てきた。すっごいよ。新製品もあったし」
「うぉーたーぷるーふ……」
異国語だった。
「後は……新しく出来たブランドショップがあって、そこも見てきた。手が出ないから、見るだけ」
「ブランド……」
異世界だった。
「しばらく見ない間にファッションストリートとかって綺麗になっててさ、驚いたよ〜」
「はぁ……」
異次元だった。
「後はねー……」
話はまだ続いている。が、俺は半分も解らない。
適当に彼女の話を解釈してみる。異国語かつ異世界かつ異次元で遊んできたらしい。何が何だかさっぱり解らない。
つまりは、俺には縁のない世界でそれなりに楽しんできた、ということだろう。別行動して正解だったんじゃないかと思う。
一緒だったら、多分俺が耐えられない。
「そっちは?」
彼女の視線が、景品の入った袋に注がれている。
「んー……まぁ、いつもと同じ。ゲーセンで遊んでた。あぁそうだ」
やるよ、と彼女に渡したのは、件のファスナーアクセサリーだ。
「良いの?」
「ダブったし」
答えて気付く。くれた奴と同じ答え方だった。何だか可笑しい。
何笑ってんのよ、と彼女が怪訝な顔をする。それがまた妙な感じで笑ってしまう。
「ゲームに熱中し過ぎて頭でも打ったんじゃない?」
「かもな」
お待たせしました、とタイミング良く料理が運ばれてきた。
少し大きめのグラタン皿に、ホワイトソースのかかったオムライス。ソースと卵にほんのりと焦げ目が付いている。香ばしい匂いが食欲をそそる。
「オムライスにホワイトソースかけて焼いて……あぁ、そういう意味ね」
「そそ、だからオムライスドリア。まんまでしょ?」
オムライスの中身がドリアだと想像していたことは内緒にしておこう。
「それじゃ」
と、彼女はグラスを掲げる。
「何に対して?」
応じながら俺は聞いてみる。
「んー……お疲れ様ってことで?」
「まぁ、確かにな」
では改めて、と彼女は腕を伸ばす。
「乾杯」
そっと触れたグラスが、澄んだ音を立てた。

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