小説『【完結】Cherry Blossom』
作者:bard(Minstrelsy)

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思ったより平たい皿に乗っていたものだから、さほどの量は無いと見ていた。今更ながら、それが間違っていたことに気付く。
オムライスドリア、侮り難し。正直、これだけでお腹が一杯だ。
「追加でケーキ頼むけど、何か頼む?」
「いや、俺はいらない……」
あれを平らげて尚追加でデザートか。よく甘いものは別腹だと言うが、彼女にはもう一つ胃袋があるのだと思う。
「やけに食欲旺盛だな」
「普通だよ? むしろそっちが少ないくらいじゃない?」
「俺は至って平均的だと思うんだがな」
これでも人並だと思っていたが、彼女に言わせれば俺は少食らしい。むしろお前が大食いだと突っ込みたい気分だった。
程なく苺をあしらった可愛らしいケーキが運ばれてきた。季節のケーキ、らしい。
メニューには「今月はイチゴ!」と書かれていた。でも苺には少し早いかな、とも思う。
「……ちょっと酸っぱい」
「だろうね」
「一口食べる?」
「ん、じゃ一口だけ」
彼女がケーキをすくって俺に差し出す。俺は少しだけ身を乗り出してケーキを貰う。
確かに、少し酸味が強い。
「苺には早かったな」
「でも、結構、いけるでしょ?」
苺の酸味を生クリームの甘さが和らげる。春らしい味だ。
「流石に一個はキツイけどな……」
コーヒーを一口含む。ケーキの甘さがそのほろ苦さには丁度良かった。
半分の量だったら頼んだかもしれない、と思う。
「半分残したげれば良かったかな?」
顔に出ていたのか、彼女が残ったケーキを見て呟く。既に三分の一くらいになっていた。
「次来た時に、気が向いたらで良いよ」
おかわりのコーヒーと、彼女のミルクティーを注ぎに席を立つ。
ぼんやりとコーヒーを注ぎながら、賑わい始めた店内を見回す。
思った通り男だけのグループは居ない。女の子だけか、カップルか。今更ながら、俺には縁の無い店だったんだと実感する。
何となく、一組のカップルに目が行く。
よっぽど仲が良いのは解るが、見ているこちらが恥ずかしいくらいだ。カップルにありがちな「相手の口元に持って行ってあーんと食べさせる」というお決まりも、当然ながらこなしている。
これ以上はもう無理だ。当てられるどころかのぼせて倒れてしまう。
シロップを一つ掴み席に戻る。
「どしたの?」
「え、別に……」
「ぼーっとしてるよね」
「そうか?」
「うん。コーヒーにレモン入れる気?」
俺が掴んでいたのはシロップではなく、レモンだった。
レモンコーヒーの味は、ちょっと想像したくない。
馬鹿みたいな間違いをしたのも、絶対さっきのカップルに当てられたせいだ、と思う。
彼女はとっくにケーキを食べ終えていた。そういえば、一口貰ったきりだった。
「そういや、それ一口貰ったよな」
「うん、あげた。ボケたの?」
「……あんまりな言い方するな」
その時の光景を思い出してみる。間違いない。
傍から見ればさっきのカップルと変わらなかった。
なによ、とやや不機嫌そうに俺を覗き込む彼女。どうやら別に気にしていないらしい。
(むしろ俺が気にしすぎ、か?)
何もかも俺以外の誰かのせいだ、と適当に心の中で八つ当たりをしておく。
流し込んだコーヒーの味は、前よりも数倍苦く感じた。


気付けばそろそろ夕飯時で、店も混んで来た。
色んな話をしていたと思う。俺はコーヒーを、彼女はミルクティーを飲みながら。
それこそ、今日の話からいつもの学校の話まで、一年分くらいの内容を話したように思う。
これまで、こんなにも彼女と話したことは無かっただろう。
伝えたいことがある。
聞きたいことがある。
それなのに。
「帰るか、そろそろ」
それなのに、どうしていつも。
「そうだね。混んで来たし、お腹も一杯だし」
こうやって、止めてしまうのだろう。
「割り勘な」
「ちぇー。ケーキ奢ってくれても良いじゃん……」
「一口しか喰ってねえのにか」
こんなやり取りしか、出来ないのだろう。
「ほら、バス来るから早くしろよ」
「次の待とうよ」
「置いてくぞ」
「……女の子には優しくするもんだよー?」
「お前がそういう質かよ」
こんな風にしか、接してやれないのだろう。
帰りのバスの中、俺の肩を枕に眠る彼女を見ながらそう思っていた。
素直になるって難しいんだな、と当たり前のことを思う。
多分、幼馴染みだから、自分も向こうも解っていると思い込んでいた。きっと、それだけのことだったんだろう。
そして、俺はそれに甘えていたんだろう。
何も、解ろうともせずに。
「起きろよ。そろそろ着くぞ」
「んー……」
バスを降りると、暖まった身体がすぐに冷たくなる。早く帰ろう、と俺は彼女を促した。
頬を撫でる冷たい風が、僅かな温もりさえも奪っていく。
名前だけの春の帳に、氷のような月が掛かっていた。


伝えたいことがある。たった、一言だけ。
結局それを言えないままだったな、と思う。
本当は、言わない方が良いのかもしれない、とも思う。
それでも。
「言わなきゃいけないことがあるんだ」
立ち止まる彼女。
「言わなきゃ、いけないことが、あるんだよ」
一言一言、紡ぐように口に出す。ややもすれば、風に流されてしまいそうな声で。
何かを堪えるようにそう言った彼女を、俺はただ見つめることしか出来ない。

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