小説『【完結】Cherry Blossom』
作者:bard(Minstrelsy)

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これでも一応受験生の俺達は、とりあえずまともに授業を受け、規則正しく下校する。
清く正しく、早寝早起き。それくらいの心構えが必要なのだ。
部活はとっくに後輩に引き継いだし、隠居した今となっては顔を出すのも稀だ。
もっとも、今となっては顔を出す時間もあまり無い。これでも俺は真面目に勉強する方だ。
「わー、参考書片手に自転車とか危ない上に似合わないよ」
そんな俺を切り捨てる様に彼女は言った。
俺の自転車に便乗して登校した彼女は、当然ながら自転車で帰れない。
自力で帰る手段は徒歩以外に無い。やろうと思えば電車とバスでも帰れるのだが、如何せん本数が少ない。
時間によっては歩いて帰った方が早い事もある。それなりに需要は有ると思うのだが、一向に増える気配は無い。
それが理由か、彼女は徒歩での帰宅を選んだ。歩いて帰るから付き合えと当たり前のように鞄を俺に持たせたのだ。
行きは良いのだが、帰りは厄介だ。
緩やかとは言え上り坂が続く。彼女を荷台に括り付けて漕ぐには厳しい。
荷物だけ運んでやるから俺は漕いで帰ると言いたいところだったが、季節が季節だ。歩いていれば間違いなく暗くなる。
日の長い夏ならまだしも、暗い道を女子一人で帰らせるのは少し心配だった。
仕方なく、俺は彼女と並んで歩いて帰ることになった。勿論、友人達から散々囃し立てられたのは言うまでもない。
「うるさい。人を荷物持ち代わりに使いやがって」
「しょうがないじゃん……乗ろうとは思ったんだよ? でも、間に合わなかったんだもん」
「ホントに乗る気あったのかよ」
俺には最初から歩いて帰るつもりだったとしか思えない。多分彼女は乗り慣れていないし、お金もかかる。気持ちは解らないでもない。
荷車にされて無念なのか、自転車も心なしか足取りが重い。
自転車で行けば十五分の道を、俺と彼女は並んで歩く。
「コンビニ寄ろうよ。お礼に何か奢ったげる」
「俺は早く帰りたいんだけど」
「ちょっとだけ」
「置いてくぞ」
「五分だけ」
「……はいはい」
待っててね、と念を押して彼女はコンビニへ駆けていく。
ひらひらと彼女のスカートがなびいて、コンビニの中へ吸い込まれていった。


我ながら押しに弱い。情けなさに溜息を吐く。
彼女の頼みは何故か断れない。多少厄介だと思っても、だ。
幼馴染みだからかもしれない。
小さい頃、少しだけ背伸びをしていた。彼女よりも年上のつもりでいて、ちょっとした事でも兄貴面をした。
何だかんだと世話を焼いて、頼りがいのあるところを見せたがっていた。
今となっては、単純に甘やかしているだけとなってしまった。
当時の世話焼きが今の押しの弱さに繋がっているのだと思うと、情けなさに拍車がかかる。
陽が少し傾いて来た。冬の冷たさが頬を撫でる。
俺はマフラーを巻いて、彼女を待つ。
最近暖かくなってきたとはいえ、夕方になれば寒い。マフラーや手袋無しでは帰りが辛い。
早く春になればいいなぁ、と思う。暖かいし、幸い俺は花粉症じゃない。一年で一番過ごしやすい季節だ。
程なくして彼女が帰ってきた。
「お待たせ」
袋を探っていたかと思うと、彼女が俺に向かって何かを放る。取り落としそうになったが、何とかキャッチした。
桜のパッケージのチョコレートだった。
「季節限定だし、私らには必要不可欠なもの!」
「必要不可欠?」
パッケージには“サクラ サケ”と印刷されている。それに、どうやらお守りらしきオマケが付いている。
「確かに、そうかもな」
俺は受け取ったそれを鞄にしまう。彼女も鞄にしまうと、マフラーを取り出した。
コンビニは暖房が効いていたから余計に寒いのだろう。俺よりもきつくマフラーを巻いて、手袋もはめている。
「寒くなってきたし、早いとこ帰るぞ」
「そうだね」
自転車を押して俺は歩き出す。彼女も俺の後に付いて、そして並んで歩く。
長く伸びた影と、時折吹く冷たい風。家に着く頃には、すっかり陽も暮れていることだろう。
そんな事を気にもしていないのか、彼女は他愛もない話を楽しそうにしてくる。
春はまだ遠いのか、夕暮れの空に二人の息が白く濁って消えていった。

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