小説『【完結】Cherry Blossom』
作者:bard(Minstrelsy)

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翌日もそのまた翌日も、彼女は徒歩だった。
曰く、自転車の修理も終わってないし代車も無いから、だそうだ。お陰で遅刻ギリギリの連続だった。
「まぁ、場合によっちゃ一週間くらいかかるからなぁ」
昼休み、友人はそう言った。俺は頬張っていたパンを危うく喉に詰まらせるところだった。
「そんなにかかるんかよ……」
たかが自転車のパンク、てっきりすぐに帰って来るものだと思っていた。
「僕ん時はそれくらいだったよ。その時は代車借りられたから良かったけどさ」
代車も限りがあるからね、と友人は付け足した。
「って事は……それまでアイツと一緒に登下校かよ……」
「運が良かったと思って諦めなよ」
頭を抱える俺に、友人はそう言って笑った。他人事だからどうでも良いらしい。
だが、それ以前の問題がある。
「運が“良かった”って何だよ」
「女の子と登下校、しかも二人乗り、そして幼馴染み……それを運が良いと言わずして何と言う!」
びしっとスプーンを俺に突き付けて断言する友人。当然だと頷くその他一同。
とりあえず、端から順に殴りつけてから俺は言った。
「そういうんじゃねえっつーの」
大体どうやったらその考えに至るんだ、と呟く。
早いうちに幼馴染みに対する幻想を振り払っておかないと手遅れになりそうだ。
「だって幼馴染み……」
もう一発殴っておいた。前言撤回。既に手遅れだった。


気付けば辺りに人の気配は無く、廊下も静まり返っていた。
日が延びたとは言え、流石にもう薄暗い。
冷えた空気が、今はむしろ心地が良い。火照った身体を冷ましてくれる。
というのも、運悪く先生に捕まり、運悪く荷物運びを手伝わされ、運悪くこんな時間まで居残るハメになった訳で、普通ならとっくに帰っている時間だ。
「いやー、助かったよ、うん」
先生(第三者から見ればご老体)に頼まれれば嫌とは言えず、俺は曖昧に笑うしかなかった。
そういえば幾度か携帯が鳴っていた様な気もするが、確認する暇も無かった。それくらい荷物の量が半端じゃなかった。
次いで言うと、荷物運びは全部終わっていない。三分の一運べたかどうかだ。
「空き教室なんだけどね、来年度から使うから片付けてるんだけど一向に終わらなくてね」
「はぁ……」
「明日も頼んじゃおうかな」
「せめて何人か助っ人ください……」
物置、もとい来年度から使われる教室として使われるという事は、新入生が増える。順調に卒業出来れば、俺はその教室の連中と顔を合わせることもない。
物置部屋だったと聞いたら、さてどんな顔をするのか。それが出来ないのが少し残念だ。
「遅くまですまんだな。じゃ、気をつけて」
「お疲れ様です」
職員室で先生と別れ、自転車置き場へと向かう。
今になって酷使した腕や腰が痛んできた気がする。家に帰るまで俺の身体は無事なんだろうか。
自転車置き場はがらんとしていた。そりゃそうだ、とっくに生徒は下校している時間だ。
寂しさに拍車がかかり、大きく溜息を吐く。
「遅かったじゃないの」
誰かの声がした。見なくても、彼女だと解る。
「先帰ったんじゃなかったのか」
「一人で歩いて帰るの嫌だもん。同じ方向に帰る子、居ないし」
彼女は所在無さそうに俺の自転車の荷台に腰掛け、足をぶらぶらさせている。
「まだ明るいうちに帰れたろ?」
「だって、メールしても電話しても出ないし!」
携帯の呼び出しは彼女からだったのか、と言われて初めて気付く。
「別に一緒に帰るって約束した覚えは……」
「おぉ、待ち合わせしとったんかね」
俺の声を遮ったのは彼女ではなく、先生だった。どうやら先生もお帰りらしい。
そっぽを向いていた彼女も、以外な相手に驚いていたようだ。
「そうならそうと言ってくれりゃ良かったのに。悪かったなぁ、付き合わせて」
「あぁ……いえ別に良いんですけど……」
「じゃあまぁ、気をつけて帰るんだよ」
先生の姿を見送ってから、ようやく彼女が口を開いた。
「……手伝い?」
「まぁな」
「じゃぁそう言ってくれれば良かったじゃん」
「そんな暇無かったんだよ」
「……解ったわよ」
彼女は俺を睨み付けて、そっぽを向いてしまった。
帰るか、と言う俺に黙ってうなずいただけで、それから一言も口を利かなかった。
俺はやれやれと溜息を吐き、二人分の鞄を乗せた自転車を押した。

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