小説『【完結】Cherry Blossom』
作者:bard(Minstrelsy)

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結局、いつものコンビニに着くまで二人とも無言だった。
彼女は口を利かないし、俺は特に話題もない上に疲れていた。それで、無言のままコンビニまで来たという訳だ。
「すぐに戻るから」
そう言うと、彼女は俺の返事を待たずにコンビニへ駆けていく。
帰り道に初めて発した言葉がこれだった。息苦しいくらいの沈黙からようやく解放され、一息吐く。
足代のつもりなのか、彼女は毎日のように寄っては俺にあのチョコレートを買ってくる。桜のパッケージの、あの”サクラ サケ”のチョコレートだ。
彼女は自分用にも買ってはいるのだが、オマケのお守りを俺に渡してくる。お陰で全種類コンプリートしてしまいそうなくらい集まった。
(肩こったー……)
いつもなら寒いくらいの風が、今日に限って暖かいのが恨めしい。
制服のネクタイを緩めて風を通す。これで少しは涼しい。
付き合いが長い、もとい幼馴染みの俺にとっては、彼女が何故口を利かないかぐらいはお見通しだ。
きまりが悪い、ばつが悪い、つまりは少し拗ねている。
昔から彼女はそうだった。素直にごめんなさいが出来ないヤツなのだ。
何十回と喧嘩をしてきた俺だ。もう慣れた。
だから別に気にもかけない。放っておけば良い。今むくれていも、明日にはけろっとしているのだ。
「寒くないの?」
いつの間にか彼女が帰ってきていた。
「予定外の肉体労働は受験生には苛酷だったんだ」
「ふぅん……そりゃ、ご苦労さんな事で」
小馬鹿にしたような口調で、彼女はいつものチョコレートを俺に渡す。何故か、二箱。
「一個多いぞ」
「疲れてるんでしょ」
そう言って不機嫌そうに突き付けてくる。じゃあ遠慮無く、と俺は受け取る。貰えるものは貰う主義、それが俺だ。
「……ん?」
いつものオマケを取り出すと、いつもと違うオマケが出てきた。
これは所謂「レア」とか「シークレット」なのだろう。全七種類+?の”?”らしい。
「あ、シークレット!」
彼女が声を上げる。
てっきり俺のを見て言ったのかと思ったが、彼女が見ているのは、彼女の手の中のオマケだった。
どういう訳か彼女もその“+?”が当たったらしい。偶然とはかくも怖ろしいものなのか。それとも誰か謀ったのか。
「二人揃ってシークレットが出るって、レアじゃん」
嬉しそうに彼女は言う。シークレットが出たのがよっぽど嬉しかったのだろう。
「そうだな」
余りにも嬉しそうな彼女にどう返して良いものか困った俺は、少しぶっきらぼうに応じる。
珍しいはずのシークレットが、目の前に二つ。秘密でも何でもない。
「被ったから、これは私のでいい?」
「好きにしろよ。お前が買った奴だし」
さっきまでの不機嫌顔はどこへいったのか、彼女は更に嬉しそうな顔をしている。
「お揃い?」
「それだと引き当てた全員とお揃いになるな」
「夢もロマンも無いこと言うね」
彼女は拗ねたように口を尖らせる。
「お前と夢やらロマンとか、柄じゃない上に勘弁して欲しいところだ」
言ってしまってからマズイと思った。このままだと自転車ごと蹴り飛ばされる。
いつもの彼女なら必ずそうする。間違いない。
だが、彼女は何もしなかった。
「早く帰ろ。暗くなってきた」
「え……、ああ、うん」
余りにもあっさりとした反応に、俺の方が動揺する。
恐る恐る彼女の表情を伺う。見る限りは、普段と変わらない。
ただその瞳は、少しだけ寂しそうだった。


「じゃ、ありがとね」
彼女は俺の自転車から鞄を引き上げると、さっさと帰って行ってしまった。
結局あれから一言も喋ることなく、黙って帰ってきたのだ。
揃いでシークレットを引き上げたあの雰囲気は、あっさりと無くなってしまった。
迂闊だったな、と思う。
幾ら慣れているとはいえ、少し気遣いが足りなかったかと思う。
滅多に出会えないシークレットだったのだ。もう少し一緒に盛り上がった方が良かったかもしれない。
それでも彼女は、俺の考えなどお見通しなのだろう。こうやって後悔してる事さえも。
(幼馴染み、か)
ぬるい風に桜並木の蕾が揺れる。
ざわざわと、まるで笑っているかのように。

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