小説『【完結】Cherry Blossom』
作者:bard(Minstrelsy)

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翌朝、彼女は自転車だった。
何でも、昨日帰ったら戻ってきていたらしい。だったら連絡くらいくれても良いだろうに、と思う。
彼女の自転車がパンクしてから、俺は少し早く待ち合わせの場所に居た。遅刻気味の彼女を乗せていくためだ。当然、彼女もそのことを知っている。
そこまで考えてから、俺はようやく気付いた。
これは、メールも電話も返さずに彼女を待たせた「昨日の仕返し」だ。その証拠に、眠たげな俺に対しニヤリと笑っている。
「……昨日は悪かったよ」
「はい、素直でよろしい!」
その声を合図に、俺達は自転車を漕ぎ出した。
昨日の少しむくれた雰囲気は影も形もなかった。その事に、俺は少し安心していた。
さっきの詫びは、彼女を待たせた事ともう一つ、気遣いの足りなかった俺の言葉に対してだった。
喜んでいた彼女に水を差したのだ。幾ら何でもきまりが悪い。
果たして、彼女はもう一つの詫びに気付いたのだろうか。
俺の気持ちを知ってか知らずか、彼女は上機嫌だった。
歩けば遅刻寸前の時間でも、自転車ならば余裕で着く。今までで一番早いくらいだ。
「桜」
「何?」
「桜が咲いてきたね」
彼女に言われて、流れる景色に目を遣る。ちらほらと咲き始めた桜が目に映った。
「少し暖かくなってきたからな」
「そういやそうだね」
風になびく彼女の髪が、開きかけた蕾を撫でる。
桜並木は穏やかに枝を揺らしながら、俺達を見送っていた。


予想通り、俺達は早めに学校に着いた。
時間が少し違うだけで、廊下を歩く面子も随分と少ない。見知った顔に出会わないのが何よりの証拠だ。
「明後日、暇?」
「受験生に暇などあるか」
「……学校、休みなんだけど」
すっかり忘れていた。明後日は臨時休校なのだ。
入学予定者への説明会だったか、何か学校であると聞いた気がする。正直よく覚えていないが、昼まで寝られるとこっそり喜んでいたのは覚えている。
が、そんなことを言う訳にはいかない。
「い、一応受験生に休みはない」
とりあえずそう言ってみた。
「どうせ昼まで寝られるとか思ってたんでしょ」
あっさり見破られてしまった。
言い返せない俺に、彼女は勝ったと思ったらしい。
「どうせ休みだし、たまには息抜きも必要だと思うのよ」
「まぁ、そうだな」
「私の買い物、付き合わない?」
「買い物ぉ?」
「バスですぐに行ける距離にあるんだし、ね?たまには良いでしょ?」
彼女の買い物に付き合うことが、俺の息抜きとどう関係するというのか。
だが、彼女の中では関係しているらしい。どういう理屈かは全く理解出来ない。
俺達の団地の最寄りのバス停(徒歩5分)から、ショッピングモールへのバスが出ていたことを思い出す。
そういえば明後日は平日だ。人もそれ程多くはないだろう。
「同じこと考えてる奴で混むんじゃないか?」
勿論そんな事は思っていない。が、こうでも言わないと無理矢理付き合わされる。
勘弁して欲しいのが俺の正直な気持ちだ。
「大して多くないって。それじゃ明後日、忘れないでね!」
そう言うと、彼女は教室へさっさと行ってしまった。すぐに笑い声が聞こえる。彼女の友人達はどうやら規則正しく早めに来る性格の持ち主らしい。
それに比べて、と俺は溜息を吐く。お決まりの面子はまだ誰も来ていなかった。
それよりも、明後日の話だ。
俺は疑問を呈したはずだが、彼女にはそれが「肯定の意志」として伝わったらしい。
ささやかな抵抗は無駄に終わった。
決まってしまえば覆ることはまず無い。どちらかが寝込むか、槍でも降らない限りは。
(たまには息抜き、なぁ)
確かに悪くないと思う。
ただし相手が彼女でなければ、という条件付きではあるのだが。

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