小説『【完結】Cherry Blossom』
作者:bard(Minstrelsy)

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いつもの面子には、明後日の話は伏せておいた。散々言われることくらい、この俺にでも解っている。
君子危うきに近寄らずって奴だ。
「あの子の自転車直っちゃったんだって? 残念だねー、登下校デートの時間が減って」
とりあえず蹴っておく。明後日の話はしなくて正解のようだ。
「なーにがデートだ。いっつも遅刻ギリギリで大変だったんだぜ」
「それもまた醍醐味って奴だろ」
蹴りをもう一撃。かわされたのが少し悔しい。
「そう言えば、そろそろ卒業だよね」
いつもの面子の一人がぽつりと呟いた。
「ぉー、そういやそうだったな。全然実感湧かねえから忘れてたぜ」
「そのまま留年しちまえ」
いつもの漫才を眺めながら、今更ながら俺も卒業する実感が持てていなかったことに気付く。
卒業すれば、こいつらと一緒にふざけたり昼飯喰ったりすることも無くなる。
友達では居られても、こういう光景はもう見られない。
「まー、ほら、試験とかもあるし、実感湧かないのもしょうがないかも」
お気楽そうに言うそいつの顔も、ちょっとだけ寂しそうだった。
「お前は進路決まってるんだったな」
「うん、推薦」
何人かは、とうに進路が決まっていた。中には親の反対を押し切って進路を決めた奴も居る。
それに比べて俺は、と思う。未だに進路は決まっていない。
希望する道へ進めるかどうかさえ、見えていない。
やりたいこととか、将来がどうだとか、今の俺にはよく解らない。
ただ、目の前のこの光景が無くなるのが堪らなく寂しい。そう思った。
今はそれが一番の正直な気持ちだった。
「何だ何だ、冴えないツラしてんなぁ」
ヘッドロックの矛先が俺に向く。寸前でかわし、手元にあった空のペットボトルで殴っておいた。こつん、とこいつの頭の中と同じくらい軽い音がした。
「うぉぉ、テストの記憶回路が五分の一も消失してしまった!」
「じゃああと四回殴ったらオシマイだな」
こつこつと小突く度に大袈裟にのたうち回る友人。この脳天気さが、今は少し羨ましい。
十人分程の記憶回路が吹き飛んだところで、そいつは俺の手から逃れるとこう言った。
「まぁさ、進路決まったり決まらなかったりしたら、どっかパーッと遊びに行こうぜ!」
「決まらない場合は考えたくねえな…」
「どっちにしろ、遊びに行くこと決定だな!」
一人だけ、今から予定を立てると張り切っている。いつもの漫才コンビは少し大人しい。それをまた煽るもう一人。馬鹿だなーと笑う俺。
入学してからずっと変わらないこの風景。それがもうすぐ終わってしまう。
何故だろう。いつもの馬鹿騒ぎが、少しだけ寂しく見える。どうしても感傷的になってしまう。
「おーぅ、そろそろ授業始めるぞー」
担任の声に、慌ただしく席に戻る友人達。
その背中がほんの少し、いつもより遠く見えた。


「それは考え方の違いだよ」
俺の話を聞いた彼女はそう言った。
「考え方の違い?」
「そう」
並走する彼女はそう言ってスピードを落とす。漕いで登るにはややきつい上り坂、彼女はいつも押して上る。俺も降りて後に続いた。
影が長く伸びている。
この光景が見られるのも、後少し。何となく感傷的になる。
俺は寂しいと感じているのだろうか。
それを振り払う様に、俺は彼女に問い掛けた。
「考え方の違いって、つまり?」
「別れる別れるって思うから寂しいのよ」
「あー……あぁ、そういうことか」
「別に二度と会えなくなる訳じゃなし、会おうと思えば会えるんだし」
影が彼女の表情を隠す。口調はいつもと同じだ。けれど、彼女がどんな顔をしているのか伺うことは出来ない。
「まぁ、そうだよな」
それでも寂しいなとは思ったが、口には出さなかった。言えば、それこそ本当に寂しくなりそうで、何だかそれが酷く怖く思えた。そう思ったのは初めてだ。
「それよりも、明後日」
気付いたら後ろにいた彼女が、俺の背中に声をかける。
「約束、忘れないでね」
再び夕陽が映したその表情は、いつもと同じ明るいものだった。

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