小説『【完結】Cherry Blossom』
作者:bard(Minstrelsy)

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何事もなく無事な一日というのは、それこそ早く過ぎるものだ。
早々とやって来た一昨日でいうところの明後日、つまり今日、即ち彼女との約束の日。
登校よりは遅いけれど、それでもまだ早いと言えば早い時間だ。
朝から遊ぶんだと言われれば、この時間も致し方ない。俺はいつもの場所で彼女を待つ。案の定、彼女はまだ来ていない。
何故か落ち着かない。いつもの連中と遊びに行くのとは違う。多少の戸惑いがあるからだろうか。
いつもの連中とだったら、ゲーセン行ったり適当に見て回ったり飯食って解散とか、カラオケ行って解散とか、外で適当に遊ぶくらいだ。男同士気兼ねなく、それこそ羽根を伸ばすという表現がぴったりだ。
だが、彼女とだったらこうは行かないだろう。
別に女子と遊びに行ったことが無い訳ではない。気の合った連中で遊んだりはしていた。とはいえ、男女一緒で大人数が常だった。
参ったな、と思う。実を言うと、学校以外で彼女と顔を合わせることは殆ど無い。
メールのやり取りや稀に電話はしても、今日みたいに「何処かへ一緒に出掛ける」なんて経験は一度たりとも無かったのだ。学校以外で彼女と会う妙な緊張と気恥ずかしさ、それ以上に「どうすればいいものか」という気持ち。
一言で言えば、俺は途方に暮れている。
しかも今回は、二人きり。
これはつまり、デートと言われても仕方がないのでは。
「おっまたせー」
そんな俺の背後から脳天気な声が飛ぶ。いつもより早いじゃないかと声を掛けようとして、振り向く。
声が、喉元で止まった。
一瞬、別人かと思った。
普段は制服で、それなりに校則を守った格好をしている彼女。それが今日に限って、雰囲気が、いや、それ以上に見た目が違う。
ファーのついた淡いピンクのスプリングコートに、白のハイネックのニット。それにギンガムチェックのスカートに、ロングブーツという出で立ち。いつもは二つに纏めた髪は降ろされ、緩くウェーブがかけられている。当然ながら、しっかりとメイクもしている。
「変わるもんだな……」
「そんなに違う?」
「俺より早く来てれば気付かなかったかもな」
「えへへー、出掛けるときはこんな感じだよ」
「そういうもんなのか」
何だか気恥ずかしくて、思わず目を逸らしてしまう。
「なーに? それはあれかな、可愛いとか思ってくれてたり?」
返す言葉に困る。少しだけでもそう思った、など言えるわけがない。
彼女はにやりと笑い、コートを翻す。そして早く行こうよと俺を急かす。
不意に漂う、香り。甘く、それでいて透き通った香り。
彼女の香水と気付くまで少し時間がかかった。
「さーてとぉ、今日は一日遊ぶぞー」
気合の入った彼女の後を、俺はゆっくりと歩き出す。
暖かな風が、もう一度あの香りを運んでくる。
「あ、夕飯は食べてきても良いって言われてるから、そのつもりでね」
長い一日になりそうだ。


ショッピングモールはいつもの賑やかさが無かった。
無理もない。開店して間もない時間に平日だ。流石に大混雑なんてことはない。
何処へ行こうかと聞く前に、彼女は俺を引っ張っていく。どうやら俺の意向は聞いて貰えないようだ。
連れて行かれた先は、雑貨屋だった。
ハンドメイドのアクセサリーやら、女子が好きそうな小物が所狭しと並べられている。
まず俺には縁のない場所だ。
「あ、見て見て。学力アップとか合格祈願とか色々あるよ」
そうでもなかった。今の俺はそういう言葉に弱い。
「色々あるんだな」
彼女の手元には、色んな石をあしらったストラップやらアクセサリーが並んでいる。ハートや勾玉の形に加工された石も並んでいた。
「何かお探しですか?」
にこやかな店員さんに、正直よく解らないんで、と曖昧に返す。でしたら、と店員さんは俺に一枚の紙切れを渡してきた。
そこには、石の写真とその効果みたいなものが書かれていた。
「お守りにもいいですよ」
その言葉に、ふと思い出す。
俺の携帯に付いているストラップ。あのチョコレートのオマケの、お守りのストラップ。
彼女とお揃いになった、シークレットのストラップ。
(ちゃんとした石の方が効果あるんだろうな)
紙にずらりと並べられた効能を眺めてみる。石の名前もあってか、霊験あらたかな感じがする。
困ったときの神頼みって奴だ。頼れるものなら、オマケにでも石にでもすがりたい。
彼女はというと、奥の方で何か物色していた。あれもいい、これもいいと迷っている様子だ。
「よろしければ、彼女さんとお揃いでアクセサリーはいかがですか?」
「いえ、アイツはただの友達です」
店員さんにそう言うと、彼女が振り返る。呼ばれたと思ったらしい。が、すぐに商品選びに戻った。彼女が視界から消える。
「友達ですよ、昔からの」
もう一度そう言うと、俺は小さな石を一つ買った。勿論、合格祈願の効果付きだ。
しばらく待っていると、商品を手に彼女もレジへとやって来た。彼女が選んだのは、小さな石とブレスレットだった。
店から出るなり、彼女は不思議そうに訊いてきた。
「店員さんに何か言われたの?」
「別に。石勧められたりとか紙貰ったりとか……」
「ふぅん……」
それ以上何も訊いてはこなかったが、納得した訳ではないらしい。
「何かさ、私のこと話してたような気がしたんだけど」
「お連れ様とお揃いがどうとかは言われたな」
「それだけ?」
「それだけ」
それでも納得しない様子の彼女に、次は何処に行くんだと促す。そう言えば見たいとこ色々あるんだ、と俺を引っ張っていく彼女。
俺と彼女は何も変わらない。何も変わらないんだ、と俺は無意識に自分に言い聞かせていた。

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