小説『気がついたその時から俺は魔王』
作者:VAN(作者のブログ)

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「まぁ、いいや」
「い、いいわけないだろ!? 戦うとかありえないだろ!? 一般ピープルだぞ、俺は!」
「怜君そういう言葉使うんだね」

隣で泉希がポツリと呟いたが今は突っ込まない。それだけ混乱している俺は、声を荒げて尚人に詰め寄った。そんな俺に向かって、尚人は何言ってるんだ、と言わんばかりに笑って見せる。

「一般ピープル? ははは! おもしれぇこと言うんだなぁ!」
「お、おもしろくもなんとも――」
「お前のどこが一般ピープルなんだよ」

急に、トーンの低くなった声に、俺は出かけた言葉を呑み込んだ。いや、言いたいことはあったのだが、ありすぎて何から言ってやろうか迷ったのだ。構わず、尚人は続ける。

「大丈夫死にゃぁしねぇよ。あんたが死ぬような相手とは戦わせない。絶対なぁ」
「け、結局戦うことになるんじゃないか……」
「そりゃぁ、そうしないと世界が救われないからなぁ」

淡々と言ってのける男に、俺は痺れを切らして席を立った。

「く、くだらない! それ以前に、こんな話信じられるかよ! 世界だの勇者だの魔王だの呪いだの!!」

勢いで言ってしまったが、すべて本心だ。

「……帰らせてもらう」

そう言って、部屋の扉まで歩こうとした時だった。

「――止まってください」
「っ――」

気づけば、今まで静観していた愛奈が、テーブルの上に膝立ちの状態で現われ、どこからともなく取り出した刃を俺の胸元に突き付けていた。
黒光りするそれを、俺は息を呑んで凝視した。昨日は暗くてよく見えなかったそれは、細い刀身を持った剣だった。湾曲になった刀身は明度の低い紫色をしており、つばと思しき部分には、透き通った黄色に輝く宝石が埋め込まれており、見た事のない独特の形をしていた。

「あなたはこの部屋に入ってきた。私たちはそれを協力の了承と受け取ったのです。今更、逃げようとするのは、いささか卑怯な気がするのですが?」

感情の感じられない冷たい目と、同じように感情の感じられない冷たい言葉が俺に突き刺さる。こいつ……まじで本気の目をしてる。本気と書いてマジと読むと誰かが言っていたから、まじでマジの目をしている。

「ひ、卑怯なのはお前らのほうじゃないか……!」

恐怖で唇が震える中で、今言える精一杯の言葉を愛奈に向けて言った。すると、愛奈はその冷徹な瞳を細めてこう言った。

「卑怯……? 卑怯とは――」

次の瞬間、俺に向けられた切っ先は、ただ座って俺たちの様子を黙視していた泉希の首元に突き付けられていた。

「ひっ――!?」
「泉希っ!?」

短い悲鳴を上げる泉希を横目に、愛奈はこう続けた。

「――こういうことを言うんです」
「お、お前っ!!」
「席についてください。そうしてくれないのでしたら――」

チャキ、と愛奈の持つ剣が数センチ動き、泉希の首元に触れる。今度は声にならない悲鳴を上げて、泉希が俺の方へと目を向ける。

「りょ、怜、君……!」
「っ……」

涙目で俺になにかを伝えようとする泉希を見つめて、俺は苦渋の表情を浮かべる。
泉希が、この会議室にいた理由……それは、昨日の人質の延長にしか過ぎなかったようだ。俺が反論した時のための、人質に。

「あなたではなく、彼女が死ぬ。もし自分の命が惜しいのでしたら、どうぞ彼女を見捨ててください」
「…………」

わかって……俺の答えがわかっていながら、淡々と言ってのける愛奈に、俺は肩を落として、また泉希の隣に腰を下ろした。

「……やる」
「――――」
「やるよ……。勇者でも、なんでも……戦うのであれば戦う。だから――」

俺が、懇願する前に愛奈はその剣を泉希の首元から引っ込める。緊張によって、強張った筋肉が、いっきに力を失い、ソファにその体を沈めた。

「了解しました。それでは、話を続けましょう」

そう言って再び、尚人の後ろに控えた愛奈。あの女のこの姿、クラスのファンどもに見せてやったらどう反応するだろうか。さっきの俺みたいに、震え上がるだろうな。
と、俺がそんな冗談みたいな事を思って気持ちを落ち着かせていると――

「りょ、怜君……」

消え入りそうな泉希の声に、俺は視線をそちらに向けた。未だに涙目の泉希は、体を震わせながら申し訳なさそうに目を伏せる。

「ご、ごめん……私、のせいで……危険なことに、手を出させちゃって……」
「…………」

お前のせいじゃない、って言っても納得するやつじゃないんだよな、コイツは。
そもそも、ここに俺が来なければ、泉希が人質の材料になることはなかったのにな。

「お前がここにいる理由とか、聞きたいこともあったけど……もうどうでもよくなったよ」
「ぇ……?」
「巻き込んだのは俺のほうだ……悪かったな」

そう言って、この話は終わり、と俺は再び尚人に向き直った。

「俺は、天月 怜。お前らと一緒に、一般ピープルじゃぁ信じられないような事に、付き合ってやる」
「――へへっ」

尚人は再び不敵に笑いながら、愛奈と共に恭しく頭を下げてこう言った。

「お待ちしておりました。我らの魔王様」

それが、俺の臣下となるための誓いの言葉なんだと。
昨日に引き続き、俺は……こいつらによって、気が付いたら、魔王にされていた。

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