小説『気がついたその時から俺は魔王』
作者:VAN(作者のブログ)

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「特攻? 無謀ですね――」

しかし、その近くにはすでにレイピアを構えた勇者が待ち構えている。その勇者に向かって、直進する愛奈。

「くっ……お嬢様!」

そして、勇者に直進する愛奈に向かって、燕尾服の女性は先ほどの衝撃波を繰り出せない。主である勇者に当たる可能性があるからだ。
だが、逆に、その勇者は直進してくる愛奈にそれを当てるのが容易になる。

「はっ!」
「っ――!」

そして予想通り、勇者は愛奈に向かってその衝撃波を放った。
直進する愛奈の身体を貫通して。その貫通した衝撃波は倒れている俺の身体の上をかすめて壁に激突する。

「あ、愛奈……!?」

頭からそれを喰らった愛奈が、倒れこむ。
終わった……と、俺は一人勝手に思っていた。
が、

「お嬢様! それは違います!!」
「え――?」

燕尾服の女性の声に、勇者も俺も疑問の声を上げた。
見ると、倒れこんでいたはずの愛奈の姿は――衝撃波を放ち終わった勇者のすぐ隣にあった。

「なっ――!?」
「先ほどのは、幻覚でございます! お嬢様!」

驚愕の声を上げる勇者に向かって、女性がそう叫んだ。
そうか……サングラスをかけていた女性には、ちゃんと愛奈の姿が見えていたのだ。おそらく、勇者の攻撃の軌道上から外れて直進する愛奈の姿が。
そして、裸眼であった俺と勇者には、勇者の攻撃の軌道上を直進する姿が、映っていただけだったのだ。愛奈の能力――脳の神経をコントロールする催眠術だ。
勇者は気づいたが、もう遅い。もともとの狙いであったネックレスを、愛奈はすでに手にしていた。
そして、それを手に俺の元へとUターンしようとしていた。

「逃がしません!」
「うあっ――!?」

だが、圧倒的な判断力で、真横にいた愛奈の動きを、勇者が蹴りで封じた。壁に叩きつけられるようにして吹き飛んだ愛奈が、苦しそうに顔を歪めながら、俺へと視線を送る。

「こ、これを――!」
「っ――!」

そう言って、俺に向かってネックレスを投げ渡した。直後、それを防ごうとして僅かに遅れた勇者のレイピアが愛奈の肩に突き刺さる。
苦悶の表情を見せる愛奈は、視線を俺に向けたまま叫んだ。

「それを壊して……ください!」

放物線を描いて俺の元へと向かってくるネックレス。黒光りするそれを、壊せ?
何を言っているかわからねぇけど……やるしかねぇ、と俺はズタボロの体に鞭打ってなんとか起き上がってそれを受取ろうとする。
と、

「なにをするかはわかりませんが――」
「!? ――ちっ!」
「――それを止めるに越したことはありません!」

そう叫びながら、レイピアを構えて俺に突撃してくる燕尾服の女性。くそ、こいつの用意周到さもここまでくると執念じゃないか!
ネックレスと女性、交互に視線を向けながら俺は――ネックレスに触れた。
瞬間、

「ぐあぁっ!?」

俺の左手に、レイピアが突き刺さる。激痛に顔を歪めた俺は、急いでそのレイピアから手を抜くようにして距離を取って、今の愛奈のように壁際に身を預ける。
女性は、俺の手にネックレスがないことを確かめて、勝ち誇った笑みを浮かべる。

「これで――」
「いや……」

だが、どれだけ用意周到な奴でも、油断が出ると周りが見えなくなるようだな。

「っ――!」

女性が気付いたころには、もうそれは俺の右手の中にあった。
あの時、一度ネックレスに触れた俺は、投げられたそれを弾いてもう一度宙に舞い上がらせた。今度は上に向かって。
そして、俺の手によって軌道を変えたネックレス。彼女の視界からは、俺がそのネックレスを取りそこなったように見えたんだろうな。
けれど、宙を舞いあがって、今、俺の手の中にネックレスはある。

「……残念だったな」
「くっ――!」
「まだ……終わらせねぇぞ」

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