「……ん」
荒れ果てた教室の窓から差し込む真っ赤な光。そんな真っ赤に光る月を見つめていた俺のすぐ隣から、そんな声が聞こえた。
傷だらけの体を、もぞもぞと動かし、ゆっくりと目を開けた少女――愛奈は、薄く開いた瞳から状況を確認していた。
「起きたみたいだな」
「…………」
寝起きでまだ頭が働いていないのか、しばらくパチパチと目を開いたり閉じたりしながら、状況を把握しようとしている。そして、自分にかけられているモノに気づく。
「これ……」
「あぁ。俺がかけておいた。制服だけじゃ心もとないと思ってな」
そう言って、愛奈の隣に俺は座りこむ。と、傷だらけの体を少しだけ俺から離れるようにして動かした。……そんなにいやか。
「……勇者は?」
「俺が倒した。……っていうか、逃がしたって感じかな」
かすれる声で尋ねてくる愛奈に、俺はそう答えてあげた。
そしてさらに詳しく付け足す。あの後、見逃してやると言ってやった勇者は、なおも諦めていない様子だったが、傍らの女性が勇者を促して立ち去って行った。去り際に、
『明日……覚えてなさい』
と、捨て台詞を残した勇者。よほど悔しかったんだろうな。
まぁ、ハイテンションだった俺は、機嫌よくその、負け惜しみを受け取ったがな。
「まぁ、そんな感じだ」
「…………」
「こんな感じで……よかったのか、俺の仕事?」
初めての魔王としての仕事……勇者を倒すという、無理難題だった仕事をなんとかやってのけた俺が、そう愛奈に尋ねる。
すると、愛奈はいつもの無感情な顔で、
「……及第点です」
そう、ポツリと呟いた。
「はは……厳しいな」
「……私は、赤点です」
そう言って、俺の制服の上着で顔を隠す愛奈。
なんで、と俺が首を傾げると、愛奈は淡々とした口調でこう続ける。
「魔王様をピンチにしてしまったことや、戦闘による負傷……そして、作戦ミスの連続。結果、全て魔王様に任せることになってしまいました……」
「いや、だってそれは俺の仕事だし――」
「自分が……情けない……」
俺の言葉を遮るように言ったその言葉は、ひどく掠れて、そしてどことなく、泣いているような声だった。
悔しいじゃなくて、情けない、か……
「……お前は情けなくないって。第一、俺が勇者たちに勝てたのもお前のおかげだろ」
あの、愛奈の行動――ネックレスを俺に渡してくれたおかげで、俺はあの不可思議な力を使うことができるようになったのだ。
そして、その力のおかげで勝てた。つまりは、愛奈のおかげなのだ。
「お前がいなかったら、俺完全に死んでた。感謝するぞ、愛奈」
「……もったいなき、お言葉」
そう言って、制服の上着から顔を半分だけ出した愛奈。
……なんか今ちょっと可愛かったな。クラスのファンどもの気持ちが少しはわかった気がした。
「お前、眼鏡つけないほうがいいんじゃないか?」
「え……?」
「いや、なんていうか……俺はそういうフェチじゃないからなんともいえないけど。個人的には、な。今のほうがいい」
とんとんとん、と三拍子の沈黙の後に――
「…………」
愛奈は再び、顔を上着で隠してしまった。
あれ、なんか引かれたか?
俺が言葉の選択をミスったか、と頭をかいていると、
「……眼鏡をつけてないと、ダメなんです」
「え?」
「……私の能力を、止める手段ですから」
「あ、あぁ……なるほど」
つまり、好き好んで眼鏡をつけているわけじゃないと……そう言いたいわけだな。
これは失礼、と俺が息を吐いてると、上着で顔を隠したままの愛奈が、上着越しに俺に向かってこう言ってきた。