小説『気がついたその時から俺は魔王』
作者:VAN(作者のブログ)

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「……魔王様の能力は、いったい……」
「ん?」
「い、いえ……私、魔王様がネックレスを壊した辺りで気絶してしまったので……能力を見ていなかったんです……」

あぁ、そのことか。
俺は、荒れた教室を一瞥しながら愛奈の問いに答えた。

「勇者達が立ち去った後、いろいろと試したんだけどな。どうやら、念動力みたいなもんだったよ」
「念動力……って、サイコキネシス……?」

まぁ、そんな感じだ、と言って、さらに俺は続ける。

「特定のモノに触れた状態で、俺が意識する。例えば床を蹴りながら、ある一部分から天井に向かって細長く飛び出せ、って意識すれば、その通りに床は動く。まぁ、言ってみれば、モノに自分の意識を注ぐ、ってところかな?」

そこまで話した俺は、でも、とある条件を口にする。

「その特定のモノに、意識があったら俺はそのモノに意識を送ることができない。人間や、犬とか猫……まぁ、植物を除いた生き物がその対象だな。だから、俺は意識のないモノ……机や床、砂とか水……そういうものなら、例外なく意識を注げるみたいだ」
「……すごい、能力じゃないですか」
「あぁ。その分使える時間がすげぇ短い」
「時間?」

愛奈が、上着越しに小首を傾げているのがなんとなくわかる。
俺はそんな愛奈の動作に苦笑しながら、その疑問に答える。

「ネックレスを壊してから、大体10分から15分。それが能力を使える時間みたいだ。ほら、これ見てみろ」

そう言って、俺はズボンのポケットから、先ほど粉々にしたはずの宝石を手にして、愛奈に見せた。

「時間がたって、能力の使用時間が切れると、これが自動的に元の形に戻ったんだ。つまり、これを壊すたびに俺は能力を使うことができる。お前が寝ている間に、もう一回試したから間違いないと思う。しかも、一回能力が切れるごとに疲労がずっしりと重なってくる。あんまり使うと、体が動かなくなりそうだ」

そう言って、俺はすでに立つのもやっとな体を主張する。

「……魔王様なら、10分あれば相手を倒すのに十分です」
「随分と評価してくれるのはありがたいが、俺は魔王になってまだ2日目なんだ。いや、もうすぐ3日目の始まりか?」

そう言って俺は教室に設けられた時計へと目をやる。時刻は、11時58分。
愛奈も、上着から顔を出して時計へと目をやった。いつの間にか眼鏡を装着している。

「0時……リセットされる」
「あ、なんだって?」

そう呟いた愛奈の言葉に、俺は首を傾げる。
と、俺が先ほど言った通り、魔王になって3日目になるための、秒針が、0時を知らせた。
その瞬間であった。
教室、グラウンド、学校全体――そして俺や愛奈の体に、異変が起きた。

「な、なんだ!?」

俺達の体に、ゲームやアニメで見るような魔法陣がまとわりついてきた。だが、その魔法陣には、解読不能な古代文字とかじゃなくて、代わりに時計のようなものが描かれていた。いや、時計そのものといってもいいか。
とにかく、そんな時計の模様をした陣が俺たちに纏わりついたかと思うと、逆回転しながらその3本の針を高速に巻き戻していた。
呆然と見つめる俺。しばらく、チクタクチクタクと針が巻き戻され、再び12の位置にまで3つの針が戻った瞬間――

「おぉ――!?」

――すべてが元通りに戻った。
荒れ果てた教室も、俺の体も、全部元通りになっていたのだ。

「な、なにが起きたんだ……?」

いよいよをもってわけがわからん、と俺が呆然としていると、俺と同じようにすべての傷が治った愛奈が立ち上がりながら、俺の疑問に答える。

「時間が戻ったんです。今から12時間前の状態に」
「も、戻った……?」

俺も立ち上がりながら、そう再三尋ねる。
すると、愛奈はしばらく俺の上着を見つめたかと思うと、いきなり俺に向けてそれを広げてきた。

「魔王様。今日のお昼は焼きそばパンだったのですか?」
「え! なんでお前それを――」

俺が驚愕に目を見開くと、愛奈が上着の袖の部分を指差してこう言う。

「ここに、パンくずと焼きそばの残りが……しっかりと着いてます」
「ん? 何言ってんだ。確かに、昼は焼きそばパンを食ったし、ちょっと零した……けど、それはちゃんと拭いたぞ」
「だから、それはお昼のことです。しかも12時前後の事」
「ん――つまり……」

俺は、混乱する頭を整理しようと、一度言葉を区切る。考え込む俺の代わりに、愛奈が説明を再開する。

「つまり、今の私たちの体は正午時点の状態の体なんです。この制服も机も教室もそうです。全部、ある集団の能力によって行われたことです」
「集団?」

また新たな疑問が出てきた。
俺に制服を返しながら、愛奈は再び説明を始める。

「時間操作という、あらゆる時間を操作する能力を保有する集団です。私たちのような、裏の組織じゃなく、学園の正規集団の」
「――待て。学園の、正規集団って言ったのか、今?」
「はい。言いました」

淡々と言ってのける愛奈。
だけど、それって……つまり。

「この学園……生徒同士が戦っているのを、わかって、こうやって野放しにしてるのか?」
「…………」
「しかも……こうやってしっかり戦った後に元に戻すなんて……戦っても後は自分達が元通りにしますから、ぞんぶんにやってくれって言ってるようなもんじゃないか!」

俺は、歯を食いしばりながら、なにも答えない愛奈を睨み付ける。

「……それは学園側の決めたことです。私は、ただ自分たちがなすべき事をするために、この学園という場所を使っているにすぎません」
「っ……こんな学園――」
「狂ってるよなぁ〜」

と、緊迫した空気の中、一人だけ緊張感のない言葉を発する人物が。
俺と愛奈は、同時にその人物へと目を向ける。目を向けずとも、相手が誰だかはわかったが。

「ふぁ……お疲れさん。魔王様。初日の仕事、しっかりと拝見させていただいたよ」
「…………ちっ」

学園だけじゃない……この学園に通う生徒も、狂ってる。
なにが、平凡の中にこそ陽はあり、だ。
俺が知ってる平凡じゃないぞ、これは。

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