小説『気がついたその時から俺は魔王』
作者:VAN(作者のブログ)

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夜の会議室というのは、なかなか不気味なものだ。
月光が部屋の中に入っているから、歩くのも不憫ではないけど、その絶妙な光の加減が恐怖感を煽る。
そんな会議室の窓際に、一人、私はここにいる。

『――おぉー。戦闘はなかなか白熱化してるよぉ』
「……そうですか」

携帯電話越しの尚人さんの声に、私はそう頷いた。
昨日とは違い、あの魔王様の側で戦うことはできなかった。果たし状に、1人で来い、と書いてあったのだから、魔王様はそれに従ったまでだが、私はどうにも納得できないでいた。
 昨日、勇者一行は、私たちの行動を分かったうえで奇襲してきた。そんな者たちが、正々堂々と勝負してくるとは思ってはいない。
 だが、聞いてみれば確かに勇者は1人で魔王様と戦っているようだ。

「…………ふぅ」
『愛奈さぁ、もしかして魔王様の事心配してるのかぁ?』
「それはありあえません。あの状態の魔王様は最強です」
『はっはっはっ、最強ねぇー』

携帯越しでも馬鹿にしたような笑いは私の言葉を逆なでするように聞こえて少しだけ腹立たしい。けれども――

『――魔王様は、昨日初めて魔王として目覚めた。一日やそこらで、人ってのは最強になれるもんなのかねぇー』

――彼の言葉はいつだって正論である。

「……私はこれから天月さんの監視をします。指示は追って説明してください」
『にっひっひっ……はいよ』

最期まで癪に障る笑い声を残した尚人さんは、そう言って電話を切った。
携帯をポケットにしまった私は、踵を返して会議室の扉を出る。このまま第一校舎まで、歩いて5分かかるかどうかだろう。魔王様の能力使用時間のことも考えれば、あちらに着くまでに勝負はついているはずだ。そう思って歩を進めようとした時だった。

「――止まってください」
「っ……」

金属音が、そんな声とともに無音だった廊下に静かに反響する。
背中に突き付けられた、おそらく細身の剣と、ある人物の影を視界の端に捉えて、私は首だけを小さく動かす。

「麗華お嬢様の決闘の邪魔はさせません。ここで足を止めてください」

そこにいたのは、レイピアを私の背中に突き付けた、サングラスをかける燕尾服姿の女性の姿。そう、昨日勇者と共に戦っていた、あの女性。
あの校舎に向かう私が魔王様の援護に入ると思ったのだろう。しっかりと能力対策もされている。

「……私は別に、魔王様と勇者の戦いを邪魔をしにいくわけではありません。ただ、魔王様の雄姿を見届けたいだけです」
「その言葉を信じろとでもいうのですか? 魔族の言うことを、私達が」

もちろん、今言った言葉は冗談でしかない。
私は、彼女に見えないように口の端を吊り上げて、口を開いた。

「魔族の言うことも――」
「――っ!?」
「――魔族ではない人間の言うことも、嘘ばっかりです」

私は、一瞬の間に、制服の背中に隠し仕込んであった剣を取り出して、振り返り様に彼女の首元にそれを突き付けた。
反応がとれなかった女性は、驚愕に目を見開く。能力を使われたと思っているのか、どうか。私は能力を使えなくてもこれくらいの動きはできるのです。

「しかし、魔王様の言うことはいつだって本気です。私はその言葉を信じて、これから魔王様の元に行きます」

喉元に突き付けられた剣に目を落としたまま、彼女は息を呑む。おそらくは私の言葉も半分は聞き取れていないでしょう。

「安心してください。確かに、魔王様たちの戦いは邪魔しません」

剣を引き、私はそう言って廊下を再び歩き始めた。
魔王様が戦っている教室に向かう途中、私は放課後、魔王様と交わした会話を思い出す。

『――私がついていなくても、大丈夫なのですか?』
『まぁ、正直不安だな。でもまぁ、なんとかなるだろう』
『……そう、ですか』
『心配するな。俺は魔王なんだろ? こういう物語序盤のころは最強の位置づけってもんだろ』
『天月さんの思考は、ある一方に偏ってますね』
『ははっ、そうかもな。とにかく、少しだけ期待してもらってくれても構わないぞ』
『……はい』

きっと魔王様は勇者に勝つ。
私は、初めて人に対して願望を持ったのかもしれない。

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