小説『気がついたその時から俺は魔王』
作者:VAN(作者のブログ)

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尻餅をついたまま、麗華は自分の背後に目をやった。
俺がセットしておいたパイプ、最後の一本。それが、一番遅れた時間差で、麗華に向けて発射された。
バランスを崩した麗華、直撃は免れない。

「小賢しい――!」

はずだった。
少なくとも俺の頭の中では。

「はっ――!」

麗華は、自分に向かって放たれたパイプを、素手で掴みとりやがった。

「私の攻撃程、速くはありませんね」

掴んだそれを投げ捨てた麗華は、体勢を立て直そうとする。
が、それをさせるわけにはいかない。

「おおぉ!」
「っ――!」

俺は、最後の手段として特攻を選んだ。
体勢を立て直す前だったらなんとでもなる。麗華も、初めてその顔に焦りを見せた。
そして、その焦りが判断ミスを仰いだ。

「くっ――!」

麗華は再び、レイピアを引いた。
『快針の一撃』。体勢を立て直す前にそれをやろうとした麗華の姿を見て、俺は勝利を確信した。
先ほどみたいに、跳ね返した後に避けられる心配はない。倒れている状態で、かわすことは不可能だから。
そして俺はこの攻撃に合わせられる。それだけの余裕がある。
勝った。

「ははっ! 終わりだよ!」
「っ――はあぁぁ!」

攻撃は、放たれた。
そして、俺は――

「っ…………」

――床に倒れ伏していた。
激痛が、全身を襲う。体は、もう動かない。

「はぁ……はぁ……」
「な、なんで……」
「……助かりましたわ。あなたの能力に」

麗華は体勢を立て直していたわけではない。まだ尻餅をついて、座っている状態だ。その状態で、麗華は呼吸を整えながら時計へと目をやった。
時間――時間、だったのか。
俺の能力時間が、もう終わってたってのか。
気が付けば、吹き飛ばされた俺へと目を向ける麗華の目の前に、俺のネックレスが転がっていた。

「く、そ……」

起き上がろうとするが、もう体は言う事をきかない。
2度の能力解放、度重なる疲労と怪我。全部が全部、俺の重りになってのしかかってきているようだった。

「勝利に目がくらみすぎて、状況判断ができなかったようですね。馬鹿で、助かりました……」
「この、野郎――」

麗華の挑発に、俺は再びネックレスを手にしようとした。
もう一度――もう一度、能力を解放すれば、倒せる。倒せるのに……
手は、ネックレスまで届かない。

「……諦めることですね。これが結果です」
「こんな結果……納得できないんだよ」

歯を食いしばって、俺はネックレスへと伸ばした手を握りしめる。
悔しい。
負けたのが。
悔しいんだ。
こんなに、悔しい思いをしたのは初めてだ。
こんなんじゃ終われない。終われないのに。
俺が、そんな風に煮えたぎらない気持ちにいら立っていると、麗華はため息を吐きながら、ふらつく足取りで立ち上がった。

「……私だって、わかりません」
「! ――なに?」

一瞬、麗華の言葉に耳を疑った。だが、真意を確かめる前に、麗華は――

「なぜ、こんな気持ちになるのか……わかりません」

――そう言い残して、荒れた教室を出て行ってしまった。
静寂した教室に、俺は残される。

「……くそぉ……」

静かになると、途端に先ほどの悔しさが溢れ出てくる。
あぁ、もう泣きそうだ。
と、俺が動かない状態でそんなことを思っていた時だった。

「天月さん……」
「っ――」

ここ2,3日で聞き慣れてしまったその声に、俺は目だけをその声のした方向へと向ける。
そこには、心配そうな顔で俺へと駆け寄ってくる、愛奈の姿があった。

「よ、よぉ……ははっ、負けちまった」

その姿に、悔しくも安心してしまった俺は、そう今の状況を苦笑しながら簡単に伝えた。すると、特に期待していなかったと言わんばかりに、愛奈は小さく呟く。

「……そういう時も、あります」
「そういう時、ねぇ……」

俺は、愛奈の力を借りてようやく起き上がることができた。とりあえず壁にもたれかけてくれた愛奈にお礼を言って、リセットされる12時を待つ。

「…………」
「……大丈夫ですか?」
「あぁ……あ、いや、やっぱ大丈夫じゃない。いろいろ、やばい……」

悲鳴を上げる体に顔を歪めながら、俺はそう返答する。
その度、愛奈が心配そうにするもんだから、自然と笑いがこみあげてくる。

「……俺、魔王解雇されたりする?」
「ないです」
「さいですか……」

愛奈の答えに、ほっとしたような残念なような、そんな複雑な感情を覚えた自分に呆れながら俺は窓の外を見つめる。

「悪かったな。勝つ、って言ったのに」
「……期待、してませんでしたから」
「あはは……そうかい」

そう苦笑して愛奈へと目を向けると、なぜか愛奈は視線を外して顔を俯かせている。残念そうにしているが、気のせいか。
うん、気のせいだろう。
俺のこと、こいつが期待なんてしてるわけないもんな。
そんなことより、

「さっさと出てこいよ、尚人」
「おろっ? ばれてた?」

俺は、廊下で俺たちの会話を盗み聞きしていたであろう尚人に向かってそう言った。
とぼけたような声をあげながら、尚人は廊下から教室に姿を現す。

「お前なら、戦闘終了と同時にこっちにきてると思ったからな」
「あっはっは。ご名答、魔王様。俺は戦闘には関与しないけど、魔王様のアフターケアってやつはちゃんとするからねぇ」

なにがアフターケアだ。
12時になってはいさようならのくせに。

「いやー惜しかった。今回は運が悪かったって言うしかないね」
「うるさい」

こいつが言う事はいつも正論で腹が立つ。

「それじゃぁ、明日。作戦会議でもして、勇者対策しましょうよ」
「……ふん」
「あらぁ、負けたんがそんなに悔しかったん?」

もう、無視だ無視。
俺は、尚人の言葉に極力耳を傾けないようにした。

「はっはっは。まぁ、いいけど。とにかく、また明日会おうぜぃ」
「はいはい……」

そう言って、軽く手を振って尚人と別れを告げた俺は、ため息を一つ。
本当に……今日は疲れた。
もうすぐそれも昨日になるがな。

「あの、天月さん」
「ん? どうした?」

尚人との会話中、終始無言だった愛奈が、唐突に口を開いた。

「その……」
「なんだよ」
「わ、私……信じてはいまし、た」
「…………え?」

俺が、素っ頓狂な声を上げたわけは、実に至極単純。
愛奈の口から、滅多に出ない台詞が出たからだ。

「お前、何言ってるの……?」
「っ……なんでもないです」

複雑な表情をする俺の態度が気に食わなかったか、愛奈が拗ねたように俺から視線を外した。

「…………」

今日の報酬。
愛奈の拗ねた顔。
意外と可愛かった、と。

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