小説『気がついたその時から俺は魔王』
作者:VAN(作者のブログ)

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そもそも、いきなり魔王だ、なんだと言われて始めたことだけど。全部うさんくさいし、それに、意味がわからない。
勇者と戦って、だからなんだと言うのだ。世界の均衡だなんだ、と勝手な理屈で俺はこんなことに巻き込まれている。
しかも、勇者と戦って負けているのだ。勝ち目はないのに……
俺は、完全にネガティブな思考へと追い込まれてる。まさか、一回の敗北がここまで重いものだとは思わなかったぜ。
頭を抱え、そんあ思考を巡らせている。と、

「少なくとも……」
「――?」

急に口を開いた高峰が、俺の顔を覗きこみながらこう言ってきた。

「お嬢様にとって……あなたとの戦いは無駄ではありません」
「なに……?」

意外ともいえる高峰の言葉に、俺は顔を上げた。

「お嬢様は、昨夜ご自宅に帰宅してから、ずっと同じことを言っていました。『もっと強くならなければ』と」

言うと、高峰はまだほのかに赤くなっている顔に苦笑を浮かべる。

「よっぽど、魔王との戦いが心に残ったんですね、と私が申しますと――お仕置きをしてきました。おそらく、図星だったんです」
「そんなアホな……」

もうなんか、いろいろと。

「あなたとの戦いは、確かにお嬢様の心に残り、そしてお嬢様の心に向上心を芽生えさせた。……もしもあなたが、ただの弱小の魔王であれば、今までのように跪かせて下僕にしています」

今まで魔王ってそんなことされてたの?
先ほどから俺の疑問点が大分ずれているため、軌道修正。

「……俺は、あいつのかませ犬じゃないんだがな」
「今のままでは、もしくはそうなってしまうかもしれませんね」

そう言って微笑する高峰。
つまりは、俺にももっと強くなれと。その真意を悟った時、俺は自然と笑みがこぼれてくるのがわかった。

「……勇者の臣下ごときがよく言うぜ」
「し、臣下に頭が上がらないあなたに言われたくないです」

そう思われてたのかよ。
俺は苦笑を漏らしつつ、もう一度、高峰の頭に手を乗せた。

「……慰め話、助かった」
「なっ――慰めたわけではありません……!」

そう言って引いたはずの顔の赤みが復活し、高峰はまた俺から視線を外した。
まったく……敵にまで励まされちゃ、情けないよな。
だけど、もう充分だ。

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