小説『気がついたその時から俺は魔王』
作者:VAN(作者のブログ)

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「…………」

天月さんの携帯にコールして、数十秒。一向に携帯に出る気配がない。
私は、眉を潜めてもう一度コールをかけてみるが、結果は同じ。

「……ダメな魔王様」

そう一言だけ呟いて、私は今度は尚人さんにコールする。
数回のコール音の後――

『はいは〜い。どうしたん、愛奈ぁ?』

そんな人を馬鹿にしたような声が携帯越しに私の耳に届く。
この人のこんな態度にはもうなれたので、特に気にはせず、作戦が完了したことを手短に伝える。

「成沢 麗華がどうやら例の情報を得たようです。今、学園を出ていきました」
『おぉ、お疲れぇ。勇者様どうだったぁ? 俺のラブレターにアホ面してたかねぇ? はっはっはっ!』

本当にこの人性格が悪い。

「アホ面ではなく、怒っていました」
『まぁまぁそれも予想の範囲内だぁ』
「しかし、ワンパターンもどうかと……」

魔王と勇者を同じ手で誘き出すとは、芸がない。
しかし、尚人は再び携帯越しに馬鹿笑いをする。

『なぁに言ってんの。ちゃんと思考凝らして、別のパターンにしたじゃんかよ』
「――? しかし、メールでは天月さんの時と一緒では?」

そんなことを忘れる人ではないと思うのだが、と私が問いただすと、

『は? メール? なにそれ?』

私の言葉に、素で何を言っているのか尋ねてきた。
どういうことなのか……それは私が聞きたい。

「メールで……成沢 麗華を誘き出したのでは……?」
『んにゃ。下駄箱に写真付きの手紙を置いておいた』
「っ――ちょっと、待っていいてください」

私はそう一言断り、先ほどまで成沢 麗華がいた下駄箱前に向かい、その扉を開けてみた。
そこには、上履きと授業中に使う外用シューズしかない。帰宅した生徒の下駄箱の中身はたいていこんなものだ。しかし、注意深く見てみると、上履きの下にしわくちゃになった手紙が入っている。
手に取り、中身を確認する。と、手足を拘束され、額に銃を押し付けられた高峰 咲楽の姿が映った写真が見つかった。
私は再び携帯を耳に当て、尚人さんに確認を取る。

「手紙、まだ下駄箱の中にありました」
『ん……それは予想外』

しかし、緊張感を感じることのできない声だ。

『じゃ、なんで勇者様は血相変えて飛び出してったんだろねぇ……』

問題はそこだ。なぜ、この手紙を見ずに成沢 麗華が学園を飛び出したのか……他に目的が? いやしかし――彼女のあの声や表情から怒りが感じられたのは確かだ。

『そういや、なんで愛奈は俺に連絡してきたんだぁ? 作戦でそんなことは言ってなかった気がすっけど?』
「あ、いえ……天月さんと連絡が取れなかったので、尚人さんからもお願いしようと……」
『連絡がとれない……?』

と、思い出したように尋ねてきた尚人さんに、私はそう答える。
すると、尚人は何かを考え込むように急に黙り込む。
私がその沈黙に首を傾げていると、尚人さんは静かに喋りだす。

『そっかぁ……あちゃぁ、予想外にもほどがある』
「? どうしました?」

姿は見えないが、頭を抱える尚人さんの姿が想像できるぐらい、その声には失敗したと言わんばかりの感情が籠っていた。

『勇者様が血相変えて出ていった……つまり、脅迫内容が行き届いたんだろう』
「しかし、手紙はここに――」
『あぁ、俺達のじゃなくて、誰かさんの』
「はい?」

とんちんかんなことを言い出す尚人さんに復唱を要求すると、ため息交じりこう続ける。

『成沢 麗華が冷静さを欠く条件は、今のところ身内の誰かが危機的状況に陥るのを見せつけること。しかし、俺達の情報は残念ながら届かなかったわけだぁ。つまり、俺達意外の誰かが別の脅迫状を出した、可能性がある』

そう語る尚人さんの言葉は、しかし自信たっぷりだ。

「しかし、それだけでは確証がありません」
『まぁまぁ、最後まで聞こうやぁ。身内の危機的状況――成沢 麗華の家族構成は、祖母、父母、おまけに執事の計5人。このうち、執事は俺達が身を預かっているから可能性としては消える……わけではない』
「え……?」

断定した尚人さんはさらに続ける。

『もしも祖母、父母の誰かを人質にとるのだとしたら、普通メールなんてよこさんだろ。成沢 麗華は自宅からこの学園に通学してる。待っていれば帰ってくるし、置手紙をした方がまだ手っ取り早いし足が残らないだろぉ』
「では、狙ったのは執事の高峰 咲楽と? しかしそれでは――」
『だから、魔王様と連絡が取れないんじゃないかぁ?』
「っ……!」

つまり……天月さんと連絡が取れないのは、

『多分、高峰 咲楽は、魔王様もろともその誰かさんの手中だろうなぁ』
「そ、そんな……」

背中から嫌な汗が滲んでくる。
天月さんが、敵に捕まった……状況証拠から導き出されたその答えに、私は焦った。

「い、今すぐ天月さんの部屋に――」
『いや、愛奈はこのまま作戦通り成沢 麗華の動向を探ってくれ。追跡はできるだろぉ?』
「できますが……けど、天月さんは……!」

これは私たちの失態だ。
もし、第三者が本当にいるのだとしたら、天月さんの身が危険にさらされていることになる。
しかし、こんな状況でも尚人さんは人を馬鹿にしたような笑みを浮かべてこう言うのだ。

『仕方ないからぁ、駒増やすわぁ』
「駒……?」
『ははは! メインヒロインってのを忘れちゃいけねぇよぉ、愛奈〜』

そのふざけた言葉を最後に、電話は切れてしまった。

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