小説『気がついたその時から俺は魔王』
作者:VAN(作者のブログ)

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間違いない。いつものようにメガネはしてないが、あの特徴的なツインテールは健在だ。
何故、彼女がここにいるか……そんなことを考える余裕は俺にはなかった。

「お前……」
「早かったですね。ゆっくり月見もできませんでした……」
「ずいぶんと物騒な月見だな」
「そうですね」

俺の言葉に、淡々と返答していく愛奈。俺が心の中で沸々と怒りを沸かしているのに対して、愛奈は無感情に、いやもしくはどこか哀しそうな表情をして俺へと目を向ける。

「愛奈を人質にして、俺に何をさせるつもりだ?」
「それは……」
「悪いが! 俺は奴隷や下僕になったりする趣味はないぞ」
「期待してません」

あっさりと言われた俺は、地味に恥ずかしい思いをする。まるで自分から言っているような――そう、芸人でいう、押すな、押すなよ、のノリをしているかのようで恥ずかしかった。

「とにかく、泉希を解放しろ。話はそれからだ」
「わかりました」

これまたあっさりと、愛奈は失神している泉希の拘束を簡単に解いた。まったくをもって魂胆がわからない……俺は、疑惑の視線を送りつつ泉希の元へと向かおうと――

「さぁ、話を始めましょう」
「っ――!?」

泉希の元へ向かおうと、一歩踏み出した瞬間、俺の首元に鋭利な刃物が突き付けられた。思わず、声が上ずり、体を硬直させて刃物を凝視した。瞬き一回分の短い時間の間に、いつのまにか愛奈は俺の目の前まで来て刃物を俺の首に押し当てていた。

「なっ、なにを――」
「あなたの力を考えれば当然の行動です。少しでもおかしなことをすれば一度瀕死状態にすることも考えてます」

動揺する俺と真反対の表情を見せる愛奈の目は、嘘を語る目をしていなかった。つまり、本気で一回殺すつもりでいるのか。

「い、一度瀕死って……俺の命は一個しかねぇんだよ! なんどもなんども瀕死にされるほど神経図太くねぇよ……」
「その辺は気にしなくてもいいです。あなたも、私一人だけがこんなことをしているとは思っていないでしょう?」

そこまで頭回らないっす……

「それに、あなたがもし本気で抵抗するとするなら、私一人の手には負えないでしょうし」
「か、過大評価してくれてどうも……だけど俺の器はそんなにでかくねぇぞ」
「……夢を見て、突発的に思い出したわけではない、ですか」

夢……? 首に刃物を突き付けられたまま、俺は首を傾げた。
と――ひんやりとした刃を持つ刃物の感触が、俺の首から離れた。愛奈は、刃物を下ろして俺から一歩距離を取って話し始めた。

「――今回、相澤さんを拘束したのはあなたをおびき寄せるためです」
「俺を……?」
「あなたと一番仲が良い人物は、相澤さん以外知らなかったので、仕方なく。彼女には申し訳ないことをしました」

なんだ、こいつ急にかしこまって。俺が首をさすりつつ、愛奈から目を離さないようにして泉希の元へと向かっていく。

「目的はなんだ……? 我々に従えって……メールには――」
「あれはたてまえのようなものです。相澤さんにも危害を加えるつもりはありませんでした」

だが、今度は愛奈の妨害もなく泉希の元へとたどり着く。本当に危害を加えるつもりはなかったのか? じゃぁ、なんで最初に泉希の所に行こうとした時は邪魔をしたんだ? 

「じゃぁ、本当の目的はなんだよ。俺を呼んで、どうするつもりだったんだ?」

泉希の体を起こしながら、俺は愛奈に尋ねた。
雲が陰り、愛奈の表情は薄い闇へと隠れた。視界が悪い……

「ん……」

と、腕の中で失神していた泉希が目を覚ました。

「……怜、君? あれ、ここ学校……?」
「泉希……」

安堵のため息が出ると同時に、俺と――おそらく泉希も、似たような悪寒を体で感じた。不気味な気配が、近づいてくる。

「お待ちしていました……」

雲が晴れる。
開けた月は、紅く光っていた。

「――っ!?」

そして、気がついたら、屋上にいる俺達を囲むように、異形のモノ達がその場に存在していた。

「なっ――!?」
「ひっ――!?」

紅く照らされた屋上には、俺の腕のなかで声にならない悲鳴を上げながら震える泉希、ゆっくりとした動作で跪く愛奈、そしてそんな俺達を取り囲む異形のモノ達――魔物。この世の現実を否定するような光景がそこには広がっていた。
そして、なによりも現実的でないことは……

「――魔王、天月 怜様。長らく、お待ちしていました」

そう言って深々と頭を下げる愛奈と、魔物の面々。

「…………は?」
「ま、魔王……? 怜君が……?」

気がついたその時から、俺は魔王にされていた。

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