「俺の監視なんてしてどうするつもりなんだ?」
「それはもちろん、魔王としての器を図るため……って言えばわかる?」
確かめてくる泉希に、俺はまぁな、と返答しながら肩を竦める。
「で? 俺は魔王として器あるか?」
「そうだなぁ……正直、臣下に振り回されているようじゃ、まだまだかな?」
そう言って、えへっ、と悪戯めいた表情で笑う泉希。
……こいつは、いつも通りの泉希なんだよな。裏の顔だとかなんだとか。それを含めても、いつもの泉希なのだ。
「そういうお前は諜報員としてはぴったりだな」
「え? 本当!?」
「あぁ、だって影薄いから」
「言われると思ったよ!!」
目に本気の涙を浮かべてツッコミを入れてくる泉希。
あぁ、確かにこいつは正真正銘泉希だ。
「それじゃ、ついでに聞いておく」
「な、なに?」
これは、本当は一番最初に聞いておきたかったんだがな。
涙を流すのをピタリと止めた泉希が俺の顔を覗き込むように見つめてくる。
俺は、一度深く息を吸って、こう切り出した。
「お前は、いつから俺の監視をしている?」
「っ……」
サァッ、と泉希の顔から柔らかな表情が消え去る。
「もしも、尚人と繋がっていたなら、あの日の夜からってわけじゃないよな?」
あの日――泉希が人質として連れ去られ、それをきっかけに、愛奈や尚人の両人に魔王とされたあの日からっていうのは、都合がよすぎるもんな。
「それ、は……」
「答えろよ。俺に信用してもらいたいなら」
もう、遠慮もなにもすることはない。
こいつのすべてを、魔王の俺なら知る権利ぐらいあるだろう。
強気な口調で言った俺から視線を外しながら、泉希は静かに口を開いた。
「――監視を始めたのは、中学に入った頃から……」
そう話始めた泉希は、俺を監視するまでの経緯を淡々と口にする。
「自分が魔族だって聞かされたのもその頃……本当は魔王の臣下に、必要な情報――身の周りのことや後に敵となる相手のことを伝えるだけの仕事になるはずで、本当は誰が魔王なのかとか、言われてなかったの」
だけど、とそこでいったん区切り、泉希は顔をあげ、俺を見つめながら続けた。
「……ちょっとした好奇心で、魔王が誰なのか聞いたら、怜君だって、わかって……」
きゅっ、と泉希が唇を噛んで、なにかをこらえるようにまた俺から視線を外した。
「本当はもっと他の人が監視につくはずだったけど、どうしても、って……代わってもらったの」
それが、すでに3年前に決まっていたことだったのだ、と。
泉希はそう俺に告げた。
「どうして、代わろうなんて思ったんだ?」
「だ、だって、怜君バカなんだもん……」
「――――」
数秒の無言の後、
「にゃぁ!? 何でチョップ!?」
容赦ない手刀が泉希の脳天に振り落とされた。
いや、やったのは俺だが。
涙目で訴えかけてきた泉希を見下ろしながら、俺は眉を寄せる。
「誰が馬鹿だ、誰が」
「うっ……だ、だって何も知らない怜君って、見てて辛かったんだよ?」
「辛い?」
繰り返した俺の言葉に、悲しげに頷く泉希。
「何も知らずに、いつも通りの怜君を、騙してるみたいで……」
そう言って、再び瞳の端に涙を浮かべた泉希。
だが、今度の涙は痛みによるものではなく、何も知らなかったバカな俺を騙していた、罪悪感から……なのだろう。
それも、お前の勝手な錯覚だってのに……
全く、なんてこった。
俺は、こんな馬鹿を3年間も放っておく、大馬鹿だったのかよ。
しかも、3年越しに告げたその事実に、未だ自分への罪悪感を持っているという。
「どこまでお人好しなんだか……」
自然と口から出たその言葉は、いつだかも考えていた言葉だった気がする。