「今、私がいる場所は、今日の朝、私が怜君に挨拶に寄った場所だよ。その時間に、私たちは怜君の部屋から戻っただけなんだよ」
「なるほど……」
体に触れた状態で戻れば、自分と同様の状態――つまりは場所に戻ることができるのだ、と泉希は説明する。でも、と泉希は苦笑しながら懐中時計を指さす。
「回数制限があるの」
「制限……?」
「うん。一日、5回の復元が限度って、Dr.サンに言われたの。それ以上やると、私の心理状態やこの懐中時計が耐えられないんだって」
Dr.サン……自称、他称能力解析の少女。
まぁ、泉希が尚人と繋がっているならあのガキと接触あっても不思議じゃないな。
「今日はもう、3回使っちゃったから、あと2回。無駄遣いはできないけど、無駄にはしないようにね」
そう言って、懐中時計をしまったところで、この話は一旦終わりとなる。
と、仕切りなおすように、咳払いをした泉希が、俺を真っ直ぐに見つめて、こう言ってきた。
「ところで、怜君……これから起こることについて、ちゃんと話しておかないとね」
「なんだ、改まって……」
「そうですよ! 今は悠長に話している時間はないのです! 急がねば、お嬢様が――」
身を乗り出した高峰が口走る。今まで雑談していたのに、よく言う。
しかし、それもまた事実……なのだが。
「だから、それが問題なんだよ」
「――?」
「どういうことだ?」
泉希の一言で制された高峰が、その言葉に首を傾げる。
俺も同様。泉希にその言葉の真意を尋ねた。
「私が尚人さんから聞いた情報だと、怜君達――そして、勇者を陥れたのは、魔王とその一味なんだって」
「…………」
「……聞いてる、怜君?」
あぁ、聞いているよ、と手を上げて、俺は真面目な顔でこう尋ねた。
「魔王って……俺だけじゃないの?」
「うん」
「…………」
当然のように頷く泉希。
そんな返答に、俺は……なんか――
「テンション下がった」
「りょ、怜君……」
呆れたように複雑な顔をする泉希に、俺は手をひらひらと振りながらそっぽを向く。
「あーもういい。話続けてくれ」
「あからさまに落ち込まないでよ、怜君」
別に、落ち込んでるわけではない。魔王扱いされてちょっと天狗になってたわけでもないんだよ。
とにかく、と話題を修正した泉希が、俺に語りかけてきた。
「問題はここからなの。怜君は、魔族……それはわかってるよね?」
「あぁ。それはわかってる」
今さら何を言うんだ、と怪訝そうな顔をする俺に対して、泉希は真剣な面持ちでこう続けた。
「怜君は今、3つの選択肢があるんだよ。まず一つは、なにもしないこと」
「あぁ?」
人差し指をたてた泉希自体、この選択肢を選ぶとは思っていないのだろう。すぐに、2つ目の選択肢を言った。
「次に、今勇者と戦っているはずの魔王と協力して、勇者を倒すか」
「なっ――!」
「…………」
その言葉に、高峰がわかりやすく俺達に怒りを向けてきた。
「ふ、二人がかりでお嬢様と対立するのですか!? 卑怯者!」
「何度も言わせるな。卑怯って言葉、いくら俺達に言ったところで痛くも痒くもないんだよ」
「くっ……! も、もういいです! 見損ないました!」
そう言って、俺と泉希に背を向けた高峰はそのまま教室を出ていこうと歩を進める。
「どこにいくつもりだ?」
「当然、お嬢様を卑怯な魔族から助けにいくのです!」
そう言って、教室の扉を力任せに開けた高峰。そんな高峰に、
「あ、それは怜君の答えを聞いてからの方がいいよ」
「――はい?」
そう泉希が呼び止めた。
苛立ちを見せつつ、振り返った高峰に、ニッコリと泉希は微笑む。そして、そのまま俺に目を向けて、3本目の指をたてる。
「そして最後に――これ、本当はありえないんだけどね」
そう前置きをしてから、3つ目の選択肢を言おうとした。が――
「いい」
「――へ?」
「言わなくてもいい。大体わかるよ」
そうだ。むしろ、他2つの選択肢こそ、ありえないと言ってもいいだろう。
元々、ここに来た時点で俺の目的は決まってる。
「それじゃぁ……?」
「あぁ。成沢 麗華を――」