小説『気がついたその時から俺は魔王』
作者:VAN(作者のブログ)

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「さぁ、時間通り来ましたよ……」

それは、私たちが指定した時間の大よそ30分遅れのことだった。
勇者――成沢 麗華が、平陽学園のとある教室に姿を現したのは。

「高峰は……私の執事は無事なんですよね?」

憎悪の籠った目で睨めつけるのは、私ではない。
今回の主犯であろう人物――その者と今、成沢 麗華は対峙しているのだ。

「――成沢 麗華、相手方と接触したようです」

私――遠山 愛奈は、遠巻きにその様子を携帯で連絡をとる尚人さんに伝えた。

『こっちでも場所がわかったー。今、映像で様子見てるよぉ』
「了解。それで……私はどうすれば?」
『とりあえず、引き続き監視をお願いするわぁ。もしも勇者と相手方が戦闘になってもなお、魔王様が来ない場合は引き上げていいぜぇ』
「……了解」

そう言って通信を切り、再び教室の中を盗み見る。
こちらで監視していた限り、成沢 麗華はある脅迫をされてここに来ている。内容はわからないが、何者かに弱みを握られ、確かにここにいる。

「まさかあなたが、こんなことをする人物だとは思いませんでした」

そして、その主犯の人物とは、私は初めて見る人物であった。
体格が良く、背の高い……見解としては3年生が妥当であろう。澄ました顔で嘲笑する男は、教卓の前に置かれた椅子から立ち上がって口を開いた。

「――そうでしょうか? 俺としては当然だと、思っているんですがね」
「っ……」
「道場に顔を出しては、俺の面目を潰していく。――ふふっ。動機はしっかりありますよね?」

――言葉づかいはしっかりしているが、彼もまた、尚人さんと同じようなタイプだ。正論を述べて、自分のペースにのせていく、あの嫌なタイプに。
一歩ずつ近づいてくる男に、警戒した成沢 麗華は腰のレイピアに手を添えた。

「元より、俺とあなたは魔王と勇者……戦うのもまた、当然でしょう?」
「私は……そういうことを言っているんじゃありません」

そう言って、睨みをきかせる成沢 麗華の気迫に、さすがの男もその顔から笑顔を消して、真剣な面持ちを見せる。

「なぜ……なぜ、高峰を人質にとるようなことをするのですか?」
「……へぇ」

そう。
教卓のちょうど隣に、2人の人物がいる。
1人は、その男の臣下と思しき魔族。
そしてもう1人は、私たちが夕刻……人質として天月さんの部屋に連れ込んだ、高峰 咲楽であった。

「よっぽど大事なんですね。その絆に、確かに少々良心も痛みます」
「っ……でしたら――」
「しかし、なんと言われてもこの人質を解放する気はありません」

そう言って再び微笑んだ男。しかし、私も――おそらく成沢 麗華もその男が出した殺意に気付いた。
彼女はレイピアの柄に添えていた手に力を込め、握りしめた。
代わりに、男はまた一歩足を踏み入れる。

「少なくとも、あなたが俺に――」

片足が、地面へと着いた……瞬間、男の姿は成沢 麗華の目の前に現れた。

「――倒されるまでは、ね」
「っ――くぁ!?」

さらに次の瞬間、成沢 麗華の体はその場から2,3メートル吹き飛ばされる。

(早い……!)

だが、瞬間的にすべてのことが行われたのは確かだが、目で捉えられないわけではなかった。
始め、男が足を踏み込んだ瞬間に、弾丸のようなスピードで成沢 麗華の目の前まで移動した。
おそらく……いや、間違いなくあれは肉体強化の能力を使った動きだ。
そのスピードに驚き、戸惑う成沢 麗華に言葉を発した男は、次に移動したスピードのまま蹴りを繰り出した。しかし、さすがの勇者というか、成沢 麗華は咄嗟にレイピアを引き抜き、それを盾に蹴りをなんとかやり過ごしたのだ。
しかし、剣腹が細いレイピアで防げる衝撃には限界がある。直接腕に伝わってきた衝撃に顔を歪める成沢 麗華は、よろめきながら男から距離をとり、大勢を立て直す。

「っ……」
「おやおや、さすがに一発で倒れてくれませんか」
「……ふぅ。勇者の肩書を、無意味に背負っているだけではありません」

そう言って、気を引き締めるようにレイピアを払う。
しかし彼女の表情に余裕は見えない。
いきなり見せつけられた男の能力に、焦りを見せているのだ。天月さんと初めて戦ったあの日もそう。後で見せてもらった映像で、成沢 麗華は天月さんの能力を初めて見た時に焦り、そして冷静な判断を失ってしまった。それゆえの敗北だった。
勇者・成沢 麗華は突然のイレギュラーに、弱いのだ。

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