小説『気がついたその時から俺は魔王』
作者:VAN(作者のブログ)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

「それは楽しみだ。あなたのように、人一倍プライドが高く、成功者と言われる者が、強きに屈する様ほど、無様なものはありませんからね」
「言ってくれます――ね!」

次の瞬間、足に力を込め、一気に駆け出した麗華がレイピアを相手の体目掛けて突き付けた。
しかし、その切っ先は空を貫き、男の体を捉えることはできない。麗華がレイピアを突きだす直前、再び目には留まらぬ速さで身を翻した男が、それを避けたのだ。

「――そういえば、今日の稽古ではお相手していただきありがとうございます」
「っ――!?」

勢いを持った自らの体を止める事はできず、成沢 麗華の体はただ男の横を通り過ぎようとする。その間に、男は不敵な微笑みと共に麗華に語りかける。

「確か、速さを生かせるように、と仰っていましたね。それは仕方がないのです。だって――」
「! ――かはっ!?」

瞬間、繰り出された高速の蹴りは無防備になった麗華の腹部に直撃し、その華奢な体を軽々と、まるでボールのように蹴り飛ばした。

「くっ――!」

しかし、麗華も負けじと、大勢を整え、男が次の動作に移る前に距離を詰め、再び攻撃をしようとした。
が――

「――速さとは、むしろ俺の得意分野」
「っ!?」

直後、麗華の動きが止まった。
いや、完全に動きを停止しているわけではなく、とてもゆっくりとしか動けないでいる。男を目の前に、麗華の動きは封じられたも同然となる。

「速きも遅きも自由自在。そんな俺があの道場で本気を出せば、当然あなた方勇者に存在を悟られてしまう」
「な――に――を――」

口から出た声。それすらも、スロー再生のようにゆっくりと。

「そうなれば、こうして――」
「し――っ!?」

だが、麗華の動きが止まってから30秒経った後、再び麗華の動きが元通り、素早いものとなる。
しかし、男はすでに麗華の繰り出した攻撃の軌道を外れ、代わりに自らの攻撃がしやすい位置へと移動をしていた。そして、繰り出された高速の回し蹴りは麗華の体に直撃し、その体を再び吹き飛ばして、今度は黒板とは反対の壁へとぶつけたのだ。

「っ……」
「――あなたをいたぶることも、できなかったでしょう」

悲鳴も上げられなかった麗華に、男はそう嘲笑した。
床に横倒れになる麗華は、何度か咳払いをして口から溢れた血を溜まった息と共に吐きだす。

「いろいろと、おわかりいただけたかな?」
「はぁ……くっ……!」
「俺があなたと戦う理由。俺の意志。そして、俺とあなたの絶対的な力の差、というものを」

強い。
開始して、10分も満たない内に勇者を追い詰めた男。
下手をすれば、天月さんと私が束になっても敵わない相手かもしれない。
戦闘見て大体察しがつく。あの男の能力は、速さを操る能力。制限はわからないが、運動エネルギーを持つ物質の速さを操ることができるはず。
それを自分の肉体に作用させ、動き、そして攻撃などの速さを加速させ、威力も増幅させる。単純に考えて、元の威力の倍以上だ。
そして、同時に相手の動きも遅らせることができるというのだから、やっかいな能力である。
魔王――その肩書を背負う彼も、只者ではないということだ。

-68-
Copyright ©VAN All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える