小説『気がついたその時から俺は魔王』
作者:VAN(作者のブログ)

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それは昨日の夜の出来事だ。

「な、なんだってんだよ……」

俺は目前に広がる光景に、声を震わせていた。
それは俺の腕の中で目を覚ました泉希も、同じように体を小刻みに震わしていた。

「へぇ〜。魔王様のくせにずいぶんとびびってるじゃねぇか」

そんな俺に向かって、馬鹿にするかのような言葉が背後から浴びせられた。振り返ると、そこには歪な魔物の背中に乗った男が、俺を見て微笑している。

「愛奈、本当にこいつ初代魔王の末裔なのかよ?」
「そんなの私に聞かないでください。第一、この人を調べたのはあなたでしょう」

そうだった、と肩を透かしながら魔物の背中から屋上に飛び降りた男は、気だるそうに肩を叩きながら俺達の元に歩み寄ってくる。

「おい、あんた」
「な、なんだよ……?」

状況が状況なだけに、俺は突如現れたそいつにもびびってしまう。
そんな俺の反応を見て、男は続けざまにこう言った。

「今の状況理解できてねぇと思うから、簡単に説明すんぞ?」

そう言って、男は呆然とする俺たちをよそに、説明とやらを始めた。

「お前の遠い遠いご先祖様っていうのはな、魔族の中では有名な、初めて世界を征服した初代魔王様なんだよ。まぁ、初代魔王は好きな事、好きなだけした結果、伝説の勇者に倒されて世界はハッピーエンドに――つまりは、平和になったわけなんだよ。それは俺たちが生まれるよりもずーっとずーっと昔で、今じゃそれを知ってるのは俺たちのような魔族と、魔王や勇者の末裔ぐらいなんだけどな。それもかなり数が少ない。それに――」

と、男は俺の額に向けて指を指す。

「一番覚えてなきゃいけない野郎が、まったくわかってないのが問題だな。魔王様」
「ま、待て! は、話についていけん!」

男の手を払いながら、俺はそう抗議した。すると、男はため息を吐きながら両手を広げて、こう続けた。

「理解なんてしなくていいんだよぉ。まずはこの状況をしっかりと目に焼き付けろぉ?」

忘れようにもこんなパワフルな状況、目に焼き付いて離れねぇよ。と、俺は心の中でこの状況を楽しんでいる男に毒づく。

「勇者によって世界は確かに平和になった。だけどなぁ……ここ最近の数十年近い年月、勇者側の野郎達がちょぉっと調子に乗ってきてるみたいなんだよ。言ってみりゃぁ、初代魔王が世界征服する前の状態に、なぁ。見てみろよ、あの月」

理解がおっつかない俺を置いてけぼりに、男はどんどん話を進めていく。そして、空を仰いで、その空に浮かぶ真っ赤な月を見つめ、目を細める。

「月もこんな世界に怒って、真っ赤っか。この意味がわかるか?」

いや全然わからん。そう言わんばかりに俺が深く息を吐く。
と、そんな俺の態度を見て、じっと黙っていた愛奈が口を開いた。

「あの月は世界のバランスを表しています。一方の力が急激に増している時、月の色は変色し、危険性を示すのです」

眼鏡をポケットから取り出しながら、それを装着して説明を終える愛奈。うんうん、と頷きながら男は愛奈の話の続きを代わって話す。

「そう。つまり、魔族の力が弱まって世界の均衡が取れていない状態なんだよぉ。まぁそれは、魔王様がいない状態、それに勇者の数が増えてきたのも関係している。だから、あんたには働いてもらう必要があるんだ」
「お、俺……?」

ここまで黙って話を聞いてきたけど、正直、なにもわからん。置いてけぼりを食らう俺に、なにをやらせようって言うんだ。
俺の不安たらたらの顔を見て、男は不敵に微笑んだ。

「魔王様。俺たちと一緒に――」

張りつめた空気が、痛いぐらいに肌で感じる。ごくり、と生唾を飲み込む俺に向かって、男はこう言った。

「――世界を助けましょうぜぇ?」
「は?」

時代は平成。
平成の魔王ってのは、世界を征服するんじゃなくて……

「助けるの?」
「おう」

世界の危機を助ける、最先端の魔王、というシステムだった。

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