「おぉい、ちょっと歩くの早くなぁい?」
「うるさい。そもそもなんでついてくる」
寝ぼけ眼っていうかなんつうか、とにかくタレ目で半分も目が開いていない男子生徒が俺の2、3歩、後ろを歩く。寝癖だらけの頭を揺らしながら、てんてん、ゆったりとした足取りで。
学生寮から学園へと向かうためにまずは駅へと向かう俺に、なぜだかついてくる。
「最初に言った通り、俺は愛奈の命令でお迎えに来てやったの」
「なんだ、監視のつもりか?」
「つもりじゃなくて、そうなんだよ」
だらしない恰好をした男は相変わらずの毒舌で、魔王と呼ぶ俺の事をバカにする。しかも、俺がキレない程度の言葉で。
「それじゃぁ……」
「あ? もしかしてあのこと、夢だとか幻想とか、そぉんなアホなこと考えているわけじゃねぇよな?」
「…………」
アホそうな外見とは裏腹に、的確に俺の思っていた事を突いてきた男。
図星を突かれた俺は、数秒の間黙りこくっていた。すると男が、
「安心しなぁ。夢でも幻想でもない、正真正銘の現実だから」
そう、静かに言った。
そうは言われてもなぁ……、俺は心の中でそう愚痴りながら、足を止め振り返る。さっきまで人を小馬鹿にしていた男も、足を止めて俺に視線を送る。
「悪いが信じられる要素がなに一つないんだよ。俺は信じない。あんなことは現実には起きない。あの事は全部、夢だった。それで話は終わりだ」
「…………」
言いたいことをいっぺんに言った俺。もうなにも言うことないし、聞く気もない。なにより、魔王だのなんだの、アホらしい。それに興味もない。
俺はそれだけ言って、再び学園へと向けて歩き始めた。
「……放課後に、第二校舎一階の会議室」
「――あ?」
男の声に、疑問符を浮かべて振り返る。
が、そこにはもう男の姿はない。
消えた?
いやそんな馬鹿な話があるか。
映画やアニメじゃねぇんだよ、この世界は。
「小説ではあるけどね」
「うおっ!?」
再び背後からの声に俺はいささかびびってしまった。振り返るとそこには、おもしろがるような笑みを浮かべた男が立っており、どうやら俺が振り向くと同時に、俺の背後に移動したらしい。
「さっき言った時間に、必ず来い」
「いやだね」
「冷たいこと言うなよぉ。迷惑なのは、お前だけじゃないんだぜぇ?」
理解しがたいことを口にする男に、俺は安易に首を縦に振るようなことはしなかった。
「頑固だねぇ……」
やれやれといった様子で肩を落としながらため息を吐く男。
ため息を吐きたいのも、肩を落としたいのもこっちだよ……と俺は、舌を打ちながら男に怒気のはらった声で言った。
「とにかく、だ。俺はお前の言う事をきく理由もメリットもないんだよ。じゃぁな」
「おろろ?」
そう言い捨てて、俺は男の横を通り過ぎていく。
と、立ち去ろうとする俺の背中へ向けて、声がかけられた。
「待ってますぜ、魔王様」
そう試されるように言った男の言葉を無視して、歩く。
めんどくせぇ。