小説『Eine Geschichte』
作者:pikuto()

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静かに家に入ると、違和感がさらに強くなったように感じた。


人の住んでいるような気配は全く無く、生活しているような形跡も見当たらず、なんとか頑張れば周りが見えるか見えないか、と言うほど暗い。かろうじて今は扉から入り込む月の光で少し中が見えてはいるが、閉まればきっと暗くなるだろう。
こんな家に本当にコッペリウスと少女は住んでいると言うのだろうか。


私はスワニルダが家に入るのを確認し、後ろを追うように静かに入ると、扉から手を離した。
扉は音を立てることなく静かに、ゆっくりと閉まっていくと同時に、開いていた扉から入り込んできた月の光が少しづつ細くなっていった。


「よし、行こうアイネ、あの子見つけないと!」


扉が閉まると同時に、気合いを入れるようにスワニルダがそう言いながら歩きだした。


夜だと言うのもあるが、見通しが悪い家の中を目をこらして見る。
窓も無いこの家では、うっすらと扉の狭い狭い隙間から差し込んでいる月の光がなければおそらく何も見えないだろう。

外から見る限り、この家はベランダがある事や家の高さからしても2階建てだろう。
となれば、私とスワニルダが今いる所はおそらく家の1階にあたると思われる。

1階は暗く、生活しているような形跡も、家具もあまり見当たらない。2階を主な生活の場にしてるのだろうか。だとしたら階段なり何なり上の階へと上がるための手段がどこかにあるはずだ。



「小さくても月の光が差し込んでないと何も見えないわね」

「本当に。あぁー気味悪い、さっさとあの子に会って話つけて帰りましょ」

「ここ家の1階でしょ、1階には何も無いのかしらね」

「さぁね、適当に探ってみる?…以外とそんなに広くないのねこの家、窓も無いし埃っぽいし、何より暗すぎるっての」

「…文句たらったらね、あなた」




勝手に入り込んでおきながら他人の家に文句を言いつつ、スワニルダは家の中をうろつきだした。
私も入り込むよう鍵を開けたのだから人の事は言えないのだが。



ぎしぎしと、スワニルダが歩くたびに床がきしむ音が響く。
私もそれに続くように、家の中を探る事にした。



あまり視界が良いとは言えないので、壁に手を当てそれにそうように歩く。
壁に触れている手が埃でざらざらと汚れていく感覚があった。
…必ず後で手を洗おう。


壁にそうように歩いても、家具や何かにぶつかったり触れる様子はない。
それほど広くないのは確かなようで、少し歩くと壁にぶつかった。
今度はぶつかったその壁に手を当て歩く。それを室内一周分繰り返す。

別の部屋があるかも、何かに触れるかもと気を付けて歩くが、たいして変わった事は無い。
唯一変わってる事と言えば、一切家具らしきものが無い事だ。
何よりも階段があるはずなのだが、階段らしきものにぶつかる事も触れる事も無い。

少しおかしくないだろうか、この家。




「…スワニルダ、何か見つけた?」



私は適当にうろついてるスワニルダに声をかけた。



「んー…見つけたって言えば見つけたかなぁ。歩いてたら、足にぶつかった物があったから拾ったんだけど、暗くてよくわからないの」



暗がりに慣れてきた視界で、スワニルダが何かを手に持っているのがうっすらと見えた。
何か大きな、棒状のような長い物体を持っている。目が暗がりに慣れてきたとは言えそはっきりとまではわからない。

スワニルダも暗がりに目が慣れてきたのか、その物体を手に持ったままてこてこと私の所までまっすぐ歩いてきた。



「…何これ」


「さぁ、なんだろう?堅くて冷たいの。ほら触ってみて」


スワニルダがずいっとそれを前に出してきた。
得体のしれない物をそう触りたくは無いのだが、何も無いかと思っていた家の中に唯一あった物だ。
何かあるに違いない。
そっと触ってみると、確かに堅く冷たい。軽く叩いてみるとカンカンと乾いた音が響いた。中が空洞なのだろうか。
触っても、全く分からない。
よく見えないので、本当に何か分からない。


「…何よこれ本当に」


とにかく私はその得体のしれない物を少し警戒しながらも探り続けた。
色々考えてはみるが、思い当たるような物が思い浮かばない。


「何か太い棒のような何かなのは触ったら分かるんだけどねー」

スワニルダがため息を交えてつぶやいた。
それは私も分かるのだが、それだけでは何のヒントにもならない。

まだ分かることはあるはずだ。
私はそう思いスワニルダのつぶやきを放置して探り続けると、




突然、何かが得体のしれない物を探り続ける私の手に触れた。



あわてて私はその『何か』をつかんだ。
片手で落ちないようにしっかりつかみ、もう片手でその『何か』をつかむ。
それは同じように堅く冷たい。


「どしたの?…」

「何かあった、とりあえずつかんでみた」

「え?何かって?え?え?え?」



状況が把握できていないスワニルダは放置して、つかんだ手の指先でその何かを探る。


どうやら棒のような物にその『何か』がくっ付けられているような状態らしい。
つかんだ感じから『何か』は私の手の中にはきちんと全部収まっていないように感じる。

私はそのままスス…と『何か』をつかんでいた手を横へずらした。
私の手に収まらなかった部分がゆっくり、ゆっくりと私の手に触れていく。
少し指を動かして触れてみると、その『何か』は少しづつ細く細くなり、いくつかに小枝のように分かれているのが分かる。



私は嫌な予感がした。

額に嫌な汗が流れる。



嫌な予感が当たっていないで欲しい。
ほとんど確定だろうが、どうか違っていて欲しい。



私は確認しようと手を離さず、もう一度触れてみようとした時、



「ああもう何なのよアイネ!何をつかんだの?!…ちょっと貸して!」


横から強引にスワニルダがそれを奪った。


「ちまちま触ってたんじゃわからないわよ!ガッと行かなきゃ」


そういうとスワニルダはべたべたと色んな所を触りだした。
暗がりからでもはっきり分かってしまうほど扱いが荒い。


「待っ、スワニルダ駄目それもしかしたらっ…!」


あわてて私は止めに入った。
この得体のしれない物にはかなり嫌な予感がするからだ。


しかし、遅かったらしい。




「…え、この形」



気づいてしまった。


太い棒のような形状。
その先にくっ付いている何か。
小枝のように細く分かれた物。

暗くて見ただけではよく分からないが、これは間違いなく、



人の腕。



棒状のものは腕、その先にある何かは手首から手にかけての部分、その先に細く分かれているものは確かに5本あり、それぞれ形などが違う事が触れてみて分かる。








「っきゃああああああ!!!!」


パニックになったスワニルダが突然叫んだ。

まずい、この調子だと侵入したことがばれてしまう。



「ちょっと!騒いだら気づかれっ…!」

「腕っ…腕ええええ!!!!殺人!!!いやああああああ!!!」


なだめようとしても落ち着くどころかさらにパニックになった。
そりゃ腕を拾ってしまったのだからパニックにもなるが、侵入がばれたらどうなってしまうのか分からない。
このままでは本当に危険だ。

だがそんな私の焦りと不安をよそにスワニルダはとんでもない行動をとった。







ガアアアン!!!!



私は思わず肩をすくめた。
突然の大きな物音が暗い空間に響いたからだ。

それとほぼ同時に騒がしくわめいていたあの声も消えた。


「はぁ…はぁ…」


スワニルダは肩で息をしている。
その手にはもうあの腕は無かった。
そして埃のにおいが部屋に漂い出し、息苦しくなった。


「ちょっとね、ごほっ!…あんた何やってんの!…けほっ」

「げほっ!ご、ごめん…思わずやっちゃった」



パニックになったスワニルダは、腕を思い切り壁に投げつけたのだ。
あれだけの物音をた立てるほど、力いっぱい投げたとなってはこれはもう確実にばれただろう。
さらに人の腕を見つけてしまったのだ。一体この家で何があったのかは知りたくないが、こんなものがあると言う事は…
想像もしたく無い。
とにかく私たちはとんでもないものを見つけてしまったのだ。侵入がばれて捕まったりしたらどうなることだろうか。
少なくとも悪事を見られて逃がすような人間はいないだろう。




「あんたね!もうちょっと冷静に落ち着いて考えられないの!」

「だ、だってそんな、人の腕なんて思わないじゃない…」

「こりゃもう駄目だわ、絶対侵入したのばれたわよ。さっさと逃げよう」



私が今にも泣きそうな声のスワニルダの手を掴んで扉に向かおうと歩きだした時、



ふと、頭上から明るい光が差し込んできた。

月の光などではない、しっかりとした明かり。




驚いて振り返ると、とても静かにゆっくりと、古いはしごが天井から下りてきていた。


天井には、はしごを下ろす為なのだろうか、その幅と厚さ分の隙間が天井に開いているのが漏れる明かりで分かる。さっきまで無かったものだ。

物音ひとつ立てず、すすす…と明かりに照らされながら下りてきたはしごは、同じように音ひとつ立てずに床へと足を着けた。
それとほぼ同時に、はしごが下りてきた部分の天井の板が、同じように音ひとつ立てずにゆっくりと動き、人一人なんとか通れる大きさの入口が出来上がった。

出来上がった入口からはカタカタ、カタカタ、と何かの物音が漏れている。



「…ねぇアイネ、はしごってあんなにゆっくり下ろせる?」

「そこつっこむのねあんたは」



誰かが降りてくるのか、と警戒したがはしごを下ろすのであれば下ろしている人間の手が多少なりと見えるはずだ。
暗かったとはいえしっかりとした明かりが見えていたのだから、それくらいは見えるはずなのだが、はしごを下ろしているであろう人間の手は見えなかった。
なによりはしごは天井のほんの隙間を通って下りている。
それに本来なら倒れないよう、斜めに立てかけて使うものだ。しかしこの目の前に現れた古いはしごは真っ直ぐに立てられており、その状態で使おうものならたちまち倒れてしまう。真っ直ぐのまま使うのであれば、誰かが上で支えるなり下で支えておかないと無理だ。
それに天井に開いた入口も気になる。


天井から漏れる明かりで、スワニルダがさきほど強く投げた腕が落ちているのがはっきり見えた。
暗がりで見えにくかったので信じたくなかったのだが…やっぱり腕だったようだ。
投げつけたであろう壁には小さなひびが入っている。
どれだけ強く投げたんだこの子。



「…わかった、2階への階段が何故見当たらないのか。」

「え?…あ、もしかして」

「このはしご、これがあのベランダのある2階への道」




何故それが突然現れたかは分からないが。
スワニルダが腕を投げつけて現れたということは、壁に何か仕掛けでもあったのかもしれない。
また、それをどうしてこんな隠すような形をとっているのかはわからない。

隠さなければならない理由があるのだろうが。






「…私、上に行く」


スワニルダが突然はしごに手をかけて登り始めた。


「えええー?侵入してるのばれてるかもしれないのよ?人の腕なんて見つけてるし何されるかわかんないわよ…?」

「ここまでやっといていまさら何言ってんのよ、アイネは行くの?行かないの?」



正直本当は少しでも危険を感じたら帰ろうと思うのだが、コッペリウスの事もある。
行かざるを得ない、と言うかスワニルのみで行かせたら騒ぎたててそれこそ収集のつかない事になりかねなさそうだ。
それでもしスワニルダが…
いや、おかしな方に考えては駄目だ。



「…あーもう、行くわよ、行く行く」


私もはしごに手をかけた。


「よし決まり、行こ!早くあの本読み女の顔を拝みたいわねぇー」


スワニルダの薄暗いつぶやきを聞き流し、私ははしごをゆっくり登って行った。




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