小説『Eine Geschichte』
作者:pikuto()

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… …





太陽が沈み、町は昼間と比べ少し寒くなっていた。

夜になるにつれて、だんだんと家々から漏れる明かりが目立つようになり、それも少しづつ減っていくのが見えた。
昼間のようなにぎやかさは見られなくなり、とても静かに感じた。
せいぜい夜でも賑やかなのは酒場くらいだろう。
空には少し欠けた月が、太陽の代わりにしては弱く白く輝いていた。




あれから私は、スワニルダの家で晩御飯をごちそうになり、なんだかんだとしゃべり続けるスワニルダの話を適度に聞き流して時間をやり過ごした。
そのほとんどがもうすぐ結婚するというフランツの事だったり、ベランダの少女へのいらつきだったりとよくしゃべっていた。
またスワニルダは夜、誰にもばれないよう、こっそりやりたいから町が寝静まりだす頃に向かいたいとの事だったので、それまで私は晩御飯の片づけを手伝ったりして時間を過ごした。


そして、すっかり夜になった町へと出た。

あまり騒がしくしないよう、気をつけながら私とスワニルダはコッペリウスが住むという家を向かった。
ぽつぽつと明かりのついている家もあったが、気がつくと、だんだんとそれも酒場くらいにしか無くなっていた。
酒場だけが、静かな町にほんの少しの賑わいを添えていた。




だが、今私の目の前に立つ家は、そんな町の夜でも違和感しか感じられない。


こっそりと到着したコッペリウスの家は、明かりがついている様子も無く、誰も住んでいないのではないかと思うほど真っ暗だった。もしかしたら、誰も住んでいないのかもしれない。
しかし、スワニルダが言ったようにこの家にあの人が訪れているのだ。誰かいるとしたら、おそらくそれはコッペリウスだ。私は何としてでも彼には会っておきたい。


「なんか気味悪いけど、この家…夜だからかしら」

「そんなの夜で無くても気味悪いわよ、この家は」


ベランダを見上げてみると、さすがに暗くなってまで本を読むつもりは無いらしく、あの少女は居なくなっていた。
おそらく家の中にいるんだろう。まぁ本当に住んでるのか住んでないのかわからないが。
普通なんとなくではあるが、人が住んでいるかどうかは本当になんとなく家をみれば分かるものだが、あまりにもこの家は静かすぎるというか、住んでいる気配というものが感じられない。
夜だから、と言うのもあるかもしれないが。


違和感がにじみ出るその家の前に立ち尽くしていると、急にてこてこと歩みを進めたスワニルダが、家の扉の取っ手を握り、かちゃりと回した。

しかし、扉が開くはずもない。


「うーん、実はどうやって入ろうか考えてなかったのよね」


スワニルダは取っ手から手を離すと、腕を組んで考え込んだ。
何か策があるんだろうと思っていたのだが、何も考えていないとは思っていなかった。


「てっきり何か考えてるんだと思ってた」

「開かない鍵を開ける方法なんて思いつくの?夜中に威勢よく思い切り扉をぶち壊すの?昼間でもそんなの出来ないでしょ。…あーあ、ドロッセルマイヤーだったら開けるんだけどなぁ」

「ドロッセルマイヤー、ねぇ…」



確かにあの人なら何の苦もなく開けてしまうんだろう。
あの人がどれほど魔術に秀でているのか知らないが、これまでのスワニルダの話からして全く問題なく入れるに違いない。

と言うより、この子確か扉を壊してでも入り込んでやるんだって物騒な事を言っていたはずなのだが。
さっきと話が違う気がするのだが、言わないでおこう。

しかし、この扉が開かない限り、スワニルダも私も目的を果たすことはできない。
どうしても鍵を開ける必要がある。

私は開かない扉の前で悩んでいるスワニルダの横をすっと通り、扉の前に立つと、両手で取っ手をそっと握った。



「見てなかったの?開かないわよ」


スワニルダがため息混じりの呆れた声で言ってきた。
だがそれを聞き流し、私は取っ手を両手で包んだまま、その握っている手にぐっと力を入れた。


「…アイネ、何度も言うけど開かな」

「開くかもしれない」


私はスワニルダの言葉を遮って一言そうつぶやくと、ぐっと力を手に込めたまま、くるりと両手で取っ手を勢いよく回した。


「あのねぇ、こんな頑丈な鍵ついてんのよ?そんな勢いだけで開くわけな」


スワニルダが少々機嫌を損ねながら私に文句を言いかけた瞬間、




…かちゃん



ちょっとやそっとでは壊すのも困難であろう大きく頑丈な鍵が、乾いた音を立てた。
まさしく、鍵が開いた音だろう。



「…ええ?ちょ…えええええ?!」


途端にスワニルダが騒ぎだした。



「うるさい。こっそりやりたいから夜にやるって言ってた本人が騒がないでちょうだい」

「あ、ごめんなさ…違う!そうじゃなくてっ…!ええー?」」



あれほど自分が昼間にがちゃがちゃと扉を鳴らしても開かなかった扉が、目の前で開いたのだから驚くのも無理はない。ましてやスワニルダが会ったと言うあの人、ドロッセルマイヤーのように私が開かない鍵を開けたのだからなおさらだろう。
たぶんあの人が鍵を開けて入った時も同じような反応だったんだろうが、今は夜だというのを理解して欲しい。



「何が言いたいの」

「どういう事?なんで?ドロッセルマイヤーと、全く一緒の、なんで?!」


やはりドロッセルマイヤーと同じ、という所に食いついてきた。



「魔術使ったの。この扉の鍵を持ってないのに開ける事が出来たという事は、おそらくドロッセルマイヤーは魔術で開けたんだろうと考えて、私もそうしただけ」

「…アイネあんた魔術使えるの?!」

「多少は」



と言っても、そのドロッセルマイヤーに昔魔術を教わっていたのだが。

一体いつだったかは忘れたが、それなりの魔術を私はあの人から教えてもらっていた。
鍵を開けるのはその数々の魔術の応用の一つであり、それほど難しくはないが、あまり多様すべきではないと私は思う。

が、今は必要だと思ったので使った。なにより開ける必要があるからだ。
スワニルダにとっても私にとっても今必要だったものだ。

とにかく扉は開いたので、これでやっと中に入ることが出来る。



「スワニルダほら、早く入って」

「あ…うん!ありがとうアイネ」



私は扉を開き、中に入るよう促した。
スワニルダはまだ少々驚いてるようだったが、私に向かってにこっと笑うと中へと入っていった。
私もそのあとを追うように、中へと入って行った。



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