小説『Eine Geschichte』
作者:pikuto()

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はしごを上へ上へ登るほど、視界は明るく照らされていく。
上へ上へ登るほど、カタカタ、カタカタと何かの物音は大きくなる。
侵入がばれてやいないだろうかとヒヤヒヤしていたのだが、あれほどの轟音が響いたのにも関わらず何も起こらないのを見ると、おそらく運良くばれずに済んだのだろう。

先にはしごを登り切ったスワニルダが手を差しのべていた。
私が無言でしっかりと握ると、ぐっと引っ張り上げてくれた。
その力を借りて私ははしごを上がり、そっと立ちあがる。


見渡すと、そこはさっきまでいた1階の光景とは全く違っていた。


家具一つ無かった暗い1階とは違い、この部屋は明るく、そして物であふれかえっていた。
かなり大きな本棚がいくつも並び、床には何が書いてあるのか知らないがばらばらと古そうな本や書類が所々に散乱している。あとは…得体のしれないかなり大きな、何か。
唯一1階と共通しているのは、埃っぽい事だ。

それにしても、この部屋は1階と比べると不自然なほど広い。
この家を外から見た時は、それほど大きな家では無く、また侵入した1階も他に部屋がある様子もなくあまり広くも無かった。
これほど広い空間にしようと思ったら、かなり大きな家になるはずなのだが、この家の大きさや1階の広さでは到底設計上無理があるとしか思えない。




「アイネ、あそこっ」


突然、スワニルダが声をひそめて、小さく指をさした。



指をさした方向をそろりと見ると、ゆらりと人影が動いている。

影の主は部屋に溢れかえる物に隠れて見えない。
しかし、どうやらこちらには本当に運良く気づいていない様子だ。

今まで人の気配が全く感じられなかっただけに、人影があるといるだけで途端にその気配を感じてくる。



「誰かしらねあれは」

「たぶん…コッペリウスかな…」



コッペリウス。
あの人を知ってるかもしれない人物かもしれないので会いたいが、正直腕の件でもうやる気が半減してしまった。
だが、少しでも何か手掛かりがあるのであればつかんでおきたい気持ちもある。

要するに、さっと会ってさっと帰りたい。




「あいつにばれないようにしないと…アイネ行こう」


確かにここで立ち尽くしていてもしょうがない。
スワニルダが、足音を立てないようにそっと歩きだした。


私も行こうと、その後ろについて静かに歩きだした時、





カタン カタカタ …



背後から、物音が聞こえた。



私達の後ろには何もいないはずだ。
あわてて振り返ると、そこには、






女がいた。





左腕が無く、フリルのついた、淡い水色の服を着た女。
無表情で、瞬き一つせず、じっと私とスワニルダを見つめている。


ぞっとした。
背筋を嫌な感覚が走る。額に冷たい汗が流れる。
本能が、この女はおかしいと言っていた。



「っひ…?!んぐっ」


私はあわててパニックで叫びそうになったスワニルダの口を手で塞いだ。



「ここで騒いだらばれるじゃない、落ち着きなさい…!」

「んぐ、んむぐ!!」



女が、私達に向かって歩き出した。
無表情で、瞬き一つせず、ゆっくりと、歩き出した。
私と、口を塞がれたままのスワニルダはじりじりと後ろへ下がる。



ここはもう、逃げるしかない。
ここまできたとは言え、こうなっては部屋の奥へ奥へと押しやられてしまう。
だが逃げるための唯一の道であるはしごは、女の背後にある。
はしごへ向かうには、女の横を通り抜けて行かなければならない。
しかし、通り抜けた所ではしごは一人づつ順番に降りなければならない。その間に襲われる可能性もある。
通り抜けた瞬間につかみかかってくる可能性もある。、
とにかく何をしてくるか分からない。

スワニルダが、恐怖のあまり、震え、泣き出した。
彼女の口を塞ぐ私の手に涙が伝い、落ちていく。
私だって怖い。泣きたい。




そうしている間にも、じりじりと女はこちらに向かって歩いてくる。




私は、覚悟を決めた。




「もう…ほんと、勘弁、してよ!!」




スワニルダから手を離し、私は勢いをつけて思い切り女の腹に蹴りを入れた。

足に、鈍い音と共に思い振動がじわじわと伝わる。

女は一瞬ふらりと倒れそうになったが、表情一つ変えず声一つ漏らさずすっと立ち直した。
普通は腹をけられたら相当痛いものだと思うのだが、この女どうなっているんだろうか。



「ああああ、ああ、アイネ、アイネ何蹴り飛ばして…!?」

「黙って。この気味悪い女なんとかしたら逃げるから。いいわね」


女は真っ直ぐ立ち、こちらをじっと見ている。
歩く事をやめ、瞬き一つすること無く、何か喋る訳でも無く、表情の無いままこちらを見つめる。
私も負けじと女をにらみ返す。
そんな私の服をぎゅっとつかんで、スワニルダは震えている。


すると、女が突然何を思ったか、ゆっくりと右腕を肩の高さまで上げ、手首をくいっと上げると、手のひらをこちらに向けた。



「…『やめろ』ってことかしら」


「やめろ?…はぁー!?あんたね、急に出てきて何も喋らないし一体何のつも」


怒ったスワニルダがズカズカと女につっかかっていった。
まぁあそこまで怖がらせられたんだから、怒る気持ちも分かる。


その時、





突然、女がつっかかって行ったスワニルダに白い煙を吹き付けた。

煙はスワニルダを一瞬で白く包む。



私はあわててスワニルダの肩をつかみ、煙の中から引きずり出した。



「げほっ!ごほっ…何よこれ、何した、の、げほっ!」

少し吸いこんでしまったらしく、ひどくむせている。
ふらりと倒れそうになり、私はあわてて体を支えた。
一体何の煙かはわからないが、確実にただの煙ではないだろう。

こうなってはもう無理やりにでも逃げるしかない。
私はスワニルダを支える腕にぐっと力を入れ、隙を作る為もう一度女に蹴りを入れようとした。



だが女は、右手をだらんと下げ、首をがくんと下げると、崩れるようにその場に倒れた。
そして、動かなくなった。



「な、ちょっと…どうなって」


動揺している暇もなく、私の体からスワニルダがずるりと滑り落ちた。
滑り落ち、どさりと床へ倒れこんだ。



「え、ちょっと、スワニルダ?スワニルダ!?」


私はあわててスワニルダの体を起こした。
だが、彼女はぐったりとしており、ぴくりとも動かなくなった。

まさかさっきの煙のせいだろうか。
とにかく息を確認すると、呼吸はしている。


私はスワニルダの右腕を自分の肩にかけた。



もうこんな所はごめんだ。さっさと出て行こう。
スワニルダが突然倒れてしまった以上、今急ぐべきは彼女を医者に連れていく事だ。
なぜ突然倒れたのかはっきりとした事は分からないが、おそらくあの煙だろう。
もし場合によっては命に関わって…なんて嫌なことは今は考えない。
とにかくなんとかはしごを降りて、町に戻るしかない。


決意を固めて、スワニルダの腕を肩にかけ立ちあがろうとしたとき、







「お客さんか、泥棒か、どちらかね」





人の、声がした。

少しかすれた、男の声。

立ちあがろうとした体が固まり、動かなくなった。







まずい。





見つかった。









「…どちらでも、ない」



思わずそう答えた。
ひたりと、額に汗が流れる。


カツ、カツ…と足音がこちらに向かってきた。
足音は大きくなり、ゆっくりと明かりに照らされて浮かび上がる人影が、背後から私とスワニルダを包む。
人影が動かなくなると、足音も止まった。

確実に、背後に居る。



「では、何故ここに来た?」

かすれた声が私に問いかける。


「…コッペリウスと、とある娘に用がある」

絞り出すように私は答えた。




しばし、沈黙がその場を包む。

かなり長い時間沈黙が続いているように感じるが、実際はそんなにじっくり時間は流れていないだろう。
しかし今のこの状況では、そんな時間間隔など狂っていく。




長く感じた沈黙を、かすれた声が割いた。








「コッペリウスは、私だが」










コッペリウス。



その名を聞いて、私は驚きと動揺、少々の期待と恐怖感、色んな感情を押しこみ、ゆっくりと振り向いた。





そこには、老人の男がいた。







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