小説『Eine Geschichte』
作者:pikuto()

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この老人が、コッペリウス。
あの人が会いに行ったという人物なのか。

コッペリウスは静かな目でスワニルダを抱えて座り込む私を見下ろしている。
敵意は感じないが、恐怖を感じさせる目をしている。



「…ん?その娘は一体どうした?」


ふと、コッペリウスはその静かな目をスワニルダへと向けた。
彼の目線の先には、未だ私に抱えられてぐったりと動かないスワニルダがいる。
そのさらに先には、おかしな女が倒れている。


「そこで寝てるおかしな女に聞いてちょうだい…こいつがやったんだから」

私は、その倒れたきり起きる様子がない先ほどの女に向かってひらりと指差した。
コッペリウスは、少し不思議そうな顔をしながらその指の先に目を向けた。
目があまり良くないのか、眉間にしわを寄せて見つめている。
…こんな暗い家にいたんじゃあ嫌でも視力は落ちると思うのだが。


「…あぁ、これか。娘は大丈夫だ、夜が明けるまでには目が覚める」

突然コッペリウスはそう言うと、カツカツと固い足音を立てながら足早に私の横を通った。
そして倒れて動かない女を抱き上げて、またコツコツと足音を立てながら、私の横を通り過ぎて行った。


あわてて私はコッペリウスを呼び止めた。


「ちょっと待って!何を根拠に大丈夫なんて言えるのよ、突然ぱったり倒れ」

「私に用があるのだろう、そこにいつまでも座りこんでないでこちらに来なさい」


言葉を切られた。
突然の事に、それ以上言うはずだった言葉がぐっと喉に詰まり、出てこなくなった。
コッペリウスは、そんな私をよそに部屋の奥へと女を抱えたまま進んで行く。

私は、仕方なくだらんと動かないスワニルダをぐっと抱えると、その後ろをついて行った。

似たような体格の人間を、似たような体格の人間が抱えて歩くのはかなりきつい。
あまり私とスワニルダは身長も大差なく体格も似たようなものなので、結構な体力を使ってしまう。
スワニルダには悪いが、ほとんど引きずっているんじゃないかと言うような状態で部屋の奥へと歩みを進めた。




巨大な本棚、床に散らばる謎の書類、積み上がる無数の本の山。
まるで森のようなその空間を、つまづかないように足元に注意しながら進む。

そして、ふと顔を上げると、部屋の中心に気持ちばかりの少しの家具が置かれていた。


大きな古い机、椅子、その周りを囲むようにそびえる積み上げられた塔のような本の山。
机の上にはこれまた大量の本と、謎の書類。そして明るく輝くランプ。
その机と向かい合うようにソファが置かれているのが見えたが、物置か何かと勘違いしているのではないだろうか。埃も積もっている。
 
私が来るのを待っていたのかそうじゃないのか、コッペリウスは私が来るなり抱えていた女を机のそばに少々荒く座らせた。
女は何も言わず、動かず、表情も変わらない。首をがくんと前に倒し、手をだらんと下げている。


「そこにソファがあるだろう、娘をそこに寝かせてあげなさい」


コッペリウスがその物置のようなソファを指差した。


「人間ではないものがソファにたくさん座ってるようだけど」

「…そこに乗ってる物は適当に床に散らかしておいてもらっていいかね」


私はコッペリウスは喋り終わるか終わらないか、スワニルダを抱えていて両手が塞がっているので足でソファの上に居座る物をどさどさをうるさく蹴り落としていった。
床にどさどさ落ちる度に埃が舞う。
それを無視して全て落とし終わると、物が置かれていた所だけ埃が積もっておらず、綺麗に形になっていた。どれだけ長い間使ってなかったんだろうか。

私はスワニルダをゆっくりソファに寝かせた。
起きたら服が埃で汚れてるのをみたら怒るだろうなこの子。

背後から、ため息が聞こえた。
振り向くと、コッペリウスが呆れたような目で私を見ていた。


「もう少し丁寧にすると思っていたが…まぁ座りなさい、椅子が他にないんでそのソファでいいかね」

そういうと、コッペリウスは大きな机の椅子を引き、ゆっくりと座った。
私はスワニルダの眠るソファの隅に座った。






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