小説『Eine Geschichte』
作者:pikuto()

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痴話喧嘩していた二人の、すぐ後ろにたたずむ少し古い家。
他の家と比べると建てられてからずいぶんと時間が経った様子の古い家。


その家の二階、ベランダにいたもの。





少女がいた。



それもとびきり綺麗な少女。




椅子に座り、手には本持ち、それを読んでいる。
読んでいる、というより見ている、と言う方が正しいかもしれない。
私は思わずその家の前へと足を向けた。

あれだけの喧嘩を家の前でされていたと言うのに、何も思わないのか考えていないのか、関わりたくないのか何なのかわからないが一切気にせず本だけを眺めている。
普通に本を読んでるだけなら気にしないのだが、少し違和感のあるその様子に気にせざるを得なかった。

そんな事を考えていると、



「ねえ、ちょっと、そこの誰かさん」



突然後ろから声をかけられた。

そろりと振り向くと、そこには先ほどの喧嘩していた女が私の後ろに立っていた。

すっかり忘れてた。そういえば男の方はどこか行ったが女の方はそっぽ向いて怒っていたんだった。
正直関わりたくないのだが。


「…それは私の事よね」


結局答えてしまった。
無視していてはまたキーキー怒りそうな感じがする、彼女の感じからすると。
それはそれでめんどくさいと思い、ついつい答えてしまった。

けだるそうに答えた私をよそに、女はさらに話かけてきた。



「そう、あなたの事。というか、見ない顔ね。ここの住民じゃないわよね?」

「違うけど。ちょっと色々あって旅してるだけ。なにか用?」

「あなた、あのベランダの子が気になってるみたいだったから」


そういいながら私の隣に立った彼女は、ベランダの少女にぴっと指をさした。
肝心の少女はというと、本に夢中なのかただ気付かないだけなのか、ずっと本を見つめている。


「気になるというより、なんか変わってるなと思って。ずっと本だけ見てるから」


私は率直な感想を述べた。
彼女は手を下げると、腰に手を当て、ため息混じりにベランダを見上げた。



「…毎日ああなのよ、座りっきりで本ばかり読んでて、挨拶しても無視。話かけても無視なの。それにたぶんこの町の人はみんなあの子の名前すら知らないだろう、って…こんな話、旅してる人に話してもしょうがないか、ごめんなさいね」



そういうと、彼女はさっきよりも深いため息をついた。


どうやら彼女の話だと、いつもあの少女は何事にも無関心で本だけに興味を持って生活しているようだ。
ずっと座っていて、本だけしか目に入らない少女。
挨拶されても返事する事もなく、本だけしか目に入らない少女。
名前すら知られない少女。
こうして私が見上げているのもきっと少女には見えていないんだろう。


「さっきのあなたの喧嘩の原因、この子?」


うっすらわかってはいたが、私は彼女に聞いた。
何も興味を示さないこの少女が原因だとすると、なんとも不可思議な喧嘩にも思えてくる。


「あー…見られてたのね。まああれだけ私が叫んでたらわかっちゃうわよね」

「まる聞こえだったの。あなたの怒る声と、あわてるもう一人の声が。それにあんなに叫んでたら気にもなっちゃうし」

「まあそうよね…はは…」


彼女はなんとも気まずそうに、そして落ち込んだように笑っている。


「私の恋人がね、あのベランダの子が気になってるみたいなの…綺麗な子だから気になっちゃうのはわからなくは無いのだけど、もうすぐ結婚するってのにあんなの…」


彼女は悲しそうに、本にしか興味が無いらしい少女のいるベランダを見上げる。
その表情には喧嘩していた時の怒り狂った勢いは無く、少しさみしそうな表情に変わっていた。


だが、突然彼女は顔を下ろすと、何か思い出したようにぱっとこちらに顔を向けてきた。
その顔には先ほどの物悲しさは一切無くなっていた。


「そういえば、この間もこんな話を誰かに話」

「まあころころよく表情がかわるのね、百面相さん」

「ちょ…な、なによ!私は百面相なんて名前じゃない!スワニルダ!!っていうか話そらさないでよ!」



スワニルダ。
彼女はそういう名前らしい。
こういう時はどうしたらいいかあまりわからないのだが、とりあえず私も名乗るべきなんだろう。



「そう、スワニルダさん。私はアイネ」

「…別に呼び捨てでいいわよ、アイネ」

「どうも。で、話の続きは何?」


スワニルダは何故か怪訝そうな顔をした。
名前も聞いたし教えた事なので、さっさと話しをもとに戻したいのだが、突然戻したので驚いたらしい。
そのままスワニルダは何も言わず、なお納得のいかないとでも言いたそうな顔のまま話し始めた。



「この間も同じような話を誰かにしたのよ。確かある日ふらっとやって来た旅の人だったような…アイネと同じように、あのベランダの子が気になってたみたいだったの。名前も聞いたんだけど…なんて言ったかしら…」

「忘れんぼ」

「うるさいわね!ちょっと待って、もう思い出しそうなのー…うーん」



スワニルダは頭を抱えてぐるぐる回りだした。
本当ころころとよく表情が変わる子だ。怒ってると思えば泣きそうな顔になりまた怒る。

こんな事ばかり言っているが、思い出しそうなのに思い出せない気持ち悪さと言うのは私もよくわかる。
これほど嫌な気分になるものはまずないと思う。頭を抱えてぐるぐる回りたくもなる。
あの人もよく何か思い出そうとして思い出せなくて一人でうなっているのをよく見た。

しかし私がそんな事を思い出してる間も、スワニルダはぐるぐる回り、頭を軽くたたいたりうなったり跳ねてみたり叫んでみたり、色々やりながら懸命に思い出そうとしていた。
正直見ていて面白い。
どんどんやって欲しい。

しかし、



「ああああ!!そう!思い出した!」


せっかく面白かったのに思い出してしまったらしい。
すっきりしたのか良い笑顔で喜んでいる。
私はもうちょっとスワニルダが悩んで色々やる場面を見れると期待していたのだが。
思い出してしまったのであればしょうがない。



「で、名前なんだったの?わかったんでしょ?」

「有名な名前よーきっとアイネびっくりするわよー」

「はいはいわかった有名人ね、で、誰?」

「あんたそっけないわねー…ドロッセルマイヤーだったの、その人」








耳を疑った。

あの人の、名前だった。

あの人はこの町に来ていたのだ。








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