小説『Eine Geschichte』
作者:pikuto()

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「…ドロッセルマイヤー?」

私は確認のつもりでもう一度スワニルダに聞いた。
聞き間違いかもしれないし、似たような名前の誰かかも知れない。
でも少し、もし本人だったら、と期待しているのも事実だ。


「そうそう、一流の作家でもあり魔術師でもあるっていう有名な…ほんとびっくりしたわー」


作家で魔術師。
この言葉だけで確信が持てた。

あの人に違いないと。


誰に聞いても知らない、何処に行ってもいない、『あの人』ドロッセルマイヤーと会った人がここに来てやっと現れた。
これだけで私の心は嬉しさに溢れた。
ようやく、ここに来てようやく、小さいながらも確かな足取りがつかめた。
あの人はこの町に来ていた、そしてスワニルダに会った。そのスワニルダは今私のすぐ近くにいる。





「その、何か、他に何か話さなかったの?ほら、有名人なんだし」


私は動揺を隠しながら、さらに何か知ることはできないかとスワニルダに話しかけた。
少しでも知れるものは知っておきたい。


「他?他は何も話してないわ。…ただちょっとおかしな事があったのよねー」


スワニルダはそういうと、ベランダの少女のいる家の扉の前に進み、その扉に手をかけた。
扉にはぱっと見ただけでもわかるほど頑丈な鍵がかけられている。
それに関わらず、スワニルダは扉の取っ手を両手でがっしりつかむと、勢いをつけ扉をぐっと押した。
何度も何度も扉を押し、開けようとするが、鍵がうるさくがちゃがちゃと音を鳴らすだけで、扉は開く様子はない。


「おかしいなぁ…開かないわよねやっぱり」


そう言いながらもなおスワニルダは扉をがちゃがちゃと鳴らす。
開く様子は依然ない。鍵がかかってるのだから当たり前だ。

この子大丈夫だろうか。色々と。



「何がしたいのよ…おかしな事って今のあなたの事じゃないの?」

「う、うう、うるさいわね失礼な!開くはずなのよ!」


結構恥ずかしかったのか、あわててスワニルダは扉から離れた。
扉から離れると、私にくるんと背をむけて、少し乱れた服装と髪の毛をささっと直し、またくるんと振り返ると、少し気まずそうななんとも言えない表情をこちらに向けた。
そして咳払いを軽く一つすると、落ち着いた様子で話しを続けた。


「この家は誰も招こうとしないのよ。その証拠に大きな鍵がかかってる…のはもうわかるわよね。で、そのおかしな事ってのはこの扉の事なのよ」

「おかしな事か…」


私は扉の鍵の部分をよく観察した。
どうみても頑丈な鍵がひとつ、かなりの存在感をもってかけられている。よほど誰も入れたくない理由があるんだろう。
しかし、特徴と言えばそれだけ。少々鍵が頑丈な扉。それ以外の『おかしな事』は見当たらない。


「どうおかしいのよ」

私は率直に聞いた。
スワニルダは小さなため息をつくと、両手を組んで少し真剣な表情になった。



「…ドロッセルマイヤーがね、その鍵すんなり開けて中に入っちゃったのよ、不思議でしょ」



ありえない、と以前の私なら思っただろう。
しかし今はありえるかもしれない、と思っている。
たぶんあの人の事だ。なにか魔術を使って開けて入ったんだろう。
実際あの人に魔術を見せてもらったことは一度も無いのだが、本の一件からそれなりの魔術は使えるのだと確信していた。
それに、ドロッセルマイヤーという人物に対して、ほんの少しあの人と会話しただけの関係であるスワニルダが『有名な一流の作家であり魔術師』とはっきり言われているのを見ると、有名な作家であり魔術師だと言っていたあの話は本当だったのだろう。

とはいえ、一つ気になる点がある。
スワニルダはそれを知っているだろうか。


「でもどうして、この家に入って行ったの?」


私が思う限り、他の誰かとの関わりなどななかったかのように思えるのだが、鍵を開けてまで家に入っているのならなんらかの用があったのではないだろうか。



「あーなんかね…知り合いなんだって。この家の住人と」

「知り合い…?」



驚いた。
あの人に知り合いなんていたのか。

もしかしてその知り合いに会うために、あの人はこの町に来たのだろうか。
だとしたらこの知り合いは、あの人に会った可能性がある。
鍵を開けてまで会う知り合いなんて、よっぽどだ。


「そう、知り合いだって。というより、私からしたらこの家の変わり者に知り合いなんていたことに驚いたわよ。しかもそれがドロッセルマイヤーだなんて」

「この家の住人の事、知ってるの?」

「知ってるも何も、変わり者で有名なの。コッペリウスっていう名前で、賢くて腕の良い人形職人らしいんだけど、誰とも関わろうとしない上になにかおかしな研究をしてるらしいわよ。あのベランダの子だってある日突然現れたの。おかしな人で、おかしな家よね」


スワニルダは呆れたように話した。
この町ではおそらく呆れたくなるほど変わったおかしな人物として認識されているのだろう。

私はそのおかしな人物が住むという家を見上げた。
見上げた視界に入ってきたベランダの少女は相変わらず本にご執心の様子だ。


コッペリウス。
どうもこの家にはそう言う人物が住んでいるようだ。
そのコッペリウスがあの人の知り合いなのだろうか。
もし会えるなら、会ってみたい。どうにか会えないだろうか。


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