小説『Eine Geschichte』
作者:pikuto()

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「…ここだけの話、私この家に今晩入り込んでやろうと思ってるのよ」


スワニルダが突然話しを切り出した。腕を組んで、ベランダの少女をじっと睨んでいる。
一体何を言い出すかと思ったらこの子はとんでもない事を言いだした。


「いきなり何言ってるの…入って何がしたいのよ」


私はもうどうしようもないといった気持ちを含めて呆れた声で答えた。
しかしスワニルダは、そんな気持ちを無視するように、睨んでいたベランダから目線を私に素早く向けると、目つきをキッときつくし、そしてはっきりと、大きな声で、力一杯に




「あの子が嫌いだから!!!」



叫んだ。

私はあまりにも突然だったので驚いて言葉がでなかった。
と言うか、目の前でめいっぱい叫ばれたので耳が響いてビリビリと痛い。やめてほしい。
思わず私は顔をしかめて耳を押さえた。



「…叫ばないで耳が痛い」

「どんなに声かけたって無視!!名前すら聞いても教えない!!こんな失礼な人初めてみた!!」

「わかった、わかったからちょっと落ち着」

「それにフランツだって結婚前だってのにあんな本ばっかりの子に目がいっちゃうなんて!!今だってこんなに家の前で叫んでるのにほら!!無視!!」



フランツって誰だろう。結婚前、ということはスワニルダの言っていた恋人の名前なんだろう。
とにかく今は落ち着いて欲しい。とてもうるさい。
おそらく今までよっぽどイライラしていたんだろう、あのベランダの少女のおかげで。



「だから私決めた!失礼にもほどがあるんじゃないのってあの子に直接言ってやろうと思って…なんでアイネ耳押えてるのよ」



ようやく落ち着いたらしい。
どう考えてもスワニルダがうるさいから耳を押さえてましたなんて言ったら今のこの子は余計怒るだろう。
私は何も言わずにスワニルダが落ち着いた事を確認して、耳から手を話した。



「…フランツっていうのね、恋人」

「え?ああ、そうよ。なんで知ってるのよ」

「大声で叫んでた」

「へ?ほんと?…無意識だったみたい」


さっきまで叫んでたのをまったく自分で覚えてないらしい。
スワニルダは叫び倒してしまうほどベランダの子が気になってるのが嫌だったんだろう。
それだけ愛している恋人だという証拠でもある。
肝心のフランツとやらがスワニルダを愛してるかどうかは知らないが、ベランダの子が気になってるようだとそのあたりは少々怪しい気もする。が、これはあくまで私の考えなのでスワニルダに言ったりしたらどえらい事になるだろう。黙っておくのが正解だ。



「とにかく!今晩ベランダの子に会いに行くわ!一度会って話したいし!」

「そう、頑張って。じゃあ私ここでさよならね」



私は特に興味も無いので適当に答えた。

コッペリウスとやらには会いたいので家に入りたいのはやまやまだが、この子はベランダの少女に用事があるようなので、私と目的が違う。大体鍵がかかってるのにどう入るつもりだろうか。
だが、鍵がかかっていようとも私は私でなんとかコッペリウスに会う方法を見つければいいだけだ。
スワニルダはスワニルダでなんとかベランダの少女に会う方法を見つければいい。
一緒に行動する理由もその気もないので、私はその場を離れようとスワニルダに背を向け歩き始めた。

しかしこの怒れる嫉妬の少女はそれを許すつもりはないようだ。


突然私は腕をがっしりと掴まれ、後ろへと引っ張られた。
そのいきおいに転びそうになり、足がふらふらとバランスをとろうと動き回り、ようやく立ち直った私の目の前には、いたずらっぽく笑うスワニルダが私の腕をつかんでいた。



「アイネ、手伝ってちょうだい」



腕をつかむ手がさらに強くなった。
どんな答えを言っても離してもらえない、そんな空気を私は感じた。


「なんで私なのよ…」

「ここで会ったのも何かの縁でしょ?だからよ」

「縁って…旅して歩いてる人間につながりもなにもないと思うんだけど」

「その旅してた人間が広い広い世界で何故か私に会ったんだからそれは何かの縁ってやつじゃないの?」




私は返す答えが出てこなかった。出てこなくて、黙ってしまった。
こうもはっきり言われるとは思っていなかったからだ。
縁なんてどうせ『偶然』から生まれるものであっても無くてもどうでもいいものだと今まで考えていた私には、新しい、新鮮な言葉に聞こえた。

確かに何故かスワニルダに会ったのも何かの縁とか言うやつかもしれない。もしかしたら何故かスワニルダに会うことが無かった可能性だってあった、と言うことだ。



私があの人と出会えたことも、暮らしてきたことも、縁があったからなのだろうか。



そういえばいつだったかあの人が「どこで誰とつながるかわからないのが生きる事」だと言っていた。



こういう事だったのか。







「…なに手伝えばいいの?」


私が静かに小さく答えると、スワニルダの表情がぱっと明るくなった。
本当よく表情が変わる子だ。


「あ、ああ、ありがとうアイネ!!ありがとー!!!」

「あぶっ!?…ちょっ…!うわっ!?」


スワニルダは勢いよくぶんぶんと掴んでいた私の腕を振った。
その勢いがあまりにもひどいので私は腕だけでなく体もぐらぐらと揺れた。
嬉しいのはわかったからちょっと落ち着いて欲しい。


「よーし、今晩絶対入り込んでやる!」


そういうとスワニルダは一通り振り回した私の腕を、その勢いのまま適当な方向へぶんっと放り投げた。
同時に肩の関節が鳴いた。この子本当にひどい。


「と…とりあえず、どうやって、入るつもりなの?」


私は肩を押さえて痛みにこらえながら良い笑顔のスワニルダに聞いた。
おかしな方向へ放り出された関節が尋常ではない痛みを訴えている。
だがスワニルダはそんなこと気づいていない。
私の様子など見えていないような様子で、さらに良い笑顔で彼女は



「決まってるじゃない、壊すのよ」



物騒な答えを返してきた。

だが一番楽ではあるとは思う。
だが非常に物騒だ。どこからそんな考えが浮かんだかは聞かないでおこう。


「まあ、いいんじゃない」

「でしょ?手っとり早いし。今晩が楽しみねー」


他人の家に侵入するのを楽しみにするのはどうかと思う。
しかし、侵入したついでにコッペリウスに…なんて考えが浮かんできている私が言う事ではない。
スワニルダの目的なんて正直どうでもよかったが、それを利用して私の目的も果たす、という考えも最初に浮かんでいたらよかったかもしれない。正直あまり人と関わるのは何故か疲れるが、これも『何かの縁』なのだろう。
結局、なんだかんだで手伝う形にはなっているのだが。



スワニルダは嬉しいのか機嫌が良さそうにニコニコ笑っている。
喧嘩していた時の顔よりもこちらのほうが可愛いと思う。ずっとこうしてたらいいのに。

と言っても私自身もコッペリウスに会えるかもしれない機会が得られたので内心少し嬉しい。
私一人でなんとかコッペリウスに会おうと思っていたので、計画違いになったわけではあるが、これはこれでスワニルダの手伝いと言いつつ私の目的も叶うかもしれない良いチャンスとタイミングではある。
スワニルダには逆に利用して悪いとは思うが、まあ別に大丈夫だろう。



「よし、アイネさ、それまで私の家に居たらいいわよ。なんなら泊まって行く?」


良い顔のスワニルダが、良い顔のままそう言ってきた。


「いいのかしら、そんなの」

「遠慮しないで?手伝ってくれるんだし、それに旅してるんでしょ?疲れたんじゃないの?」


正直とても助かる。
ずっと歩き通しでこの町に来て、かなり疲れていたので本当に助かる。
足がもう疲れでほとんど動けないのを無理やり動かして歩いてるような状態だ。


「…じゃあ、甘えようかなぁ」


つい疲れから私はスワニルダに甘えてしまった。
宿屋があればそこを極力利用しよう、他人に迷惑かけないで進もうと考えていただけに少々遠慮したい所なのだが、体と心のそれぞれの状態が食い違っている事を表しているように私の言葉は出てきてしまった。
だがスワニルダは何も不思議な顔はせず、


「どうぞ?いくらでも休んでってー」


かなり軽い反応だった。

軽いので少々心配になったが、本人がいいと言っているのならいいのだろう。



「ほら行くよ、ここ曲がって進んだら家なの」


早々とスワニルダは私を家へと案内し始めた。
私はあわててその後を追いかけた。



「ありがとう…正直助かる」

「ふふ、そう。こちらこそありがとう」


私はスワニルダの後ろから軽くお礼を言った。こんなに心から助かる、嬉しいと思ったのはかなり久しぶりが初めてかもしれない。本当に助かった。宿屋もなかなかいい値段をとるので私の懐にも体にも、心にもかなり助かる。





こうして私は夜になるまでスワニルダの家に居させてもらえる事となった。

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