五十層目攻略 中編
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このフロアに広がるのは、剣戟がぶつかり合う音とHPがイエローゾーンに入ったプレイヤーの怯えた声そして、時々聞こえるのは、一部を除きほとんどのプレイヤーが聞きたくない音が聞こえる。
カシャアァァン!
その音は、ひときわ鋭く、儚い破砕音。この表現はキリトが考えたものだ。過去にその音を聞いたキリトはそう表現した。
そして、その音とは、プレイヤー消滅時のエフェクト音だ。
そう、ここは…五十層目ボスフロア
このフロアは、暗く、部屋の唯一の光源が壁に掛けられている蝋燭だけだった。
原作での描写は皆無であったが、やはり噂通りいや噂以上と言っても過言ではないと思う。この五十層のボスの強さは……
ボスの名前は〈The two large sword fencing a giant〉
まさに名前の通りのモンスターだった。2つの大剣をその両手に持ち、時には、器用に。時には、大胆に扱う。そして巨人であり、どこにも隙がないような防具をつけている。
このボスの強さは、異常なほどだった。やはり二十五層ごとにボスが強くなるというのは間違いなかった。約40人ほどの高LVプレイヤー達が蹂躙され倒されていく。
約15分の間に、5人が死亡。18人がHPがイエローゾーンもしくは、レッドゾーンになっている。この50層まで来たプレイヤー達がまるで、赤子のように扱われ倒れていく。
戦線が崩壊するのも時間の問題だった。
「やばいぞ、アイズ。この敵強すぎる」
シュタインは、ボスの攻撃を苦戦しながらも、自分の得物である刀で応戦しギリギリながらも対処していた。
「そうだね。強いとは、予想してたけどここまで強いとは…だが俺たちは、やるしかない。いくよ、シュタイン」
「おう。行くぜアイズ」
そう言って俺たちは、ボスに向かってお互いのソードスキルをボスに向け放つ。しかし、効果は、さほど出ていない。やつのHPが以上に多くさらには、防御力も高かった。つまりこの敵との戦いは、持久戦になる。しかも相手の攻撃力も異常なほど高い。このことから言えることは、戦況は、非常にまずいということだ。
「きゃあぁぁぁぁぁあぁ!。どうしよう…死ぬかも…私、死ぬかも」
その声の主は、ミントだった。どうやら攻撃に避けるのに失敗し、あの禍々しい2つの剣のうち一本の剣から放たれた一撃が直撃したらしい。
「ミント。撤退しろ……そしてあいつを呼んでくれ。【KoB】の団長ヒースクリフを…」
俺は、ボスによる剣戟をなんとか避けながらミントに駆け寄った。そして、頼んだのだ。ヒースクリフへの救援要請を…
「まっ、まって!私は…私は、まだやれる。私は、【猫魔女】よ。ゲーム界でこの人ありとまで言われた人物よ…私は、最後まで残る!」
「駄目だ、君は戻るんだ。君が一番の適任なんだ!」
「適任…?意味が分からないわ!私は、やれるわ」
「駄目だ!君は、戻れ。そして俺たちを助けてほしい。ヒースクリフを…ヒースクリフを呼んでくれ。あいつならこの状況を打開できる」
「なっ!それなら、他の人にやらせればいいじゃない。なんで私なの?私はやれる!」
どうやらミントは、戻ってくれないようだ。どうやらここでは、心を鬼にしてでも言わなければならない。正直この会話の時間すらももったいない。この間にもプレイヤー達は、ダメージを受け、命を散らしかけてるのだ。
「そこまで言うのなら…本当のことを言おう。今の君では、足手まといなんだ。確かに君の二つ名である【猫魔女】は、ゲーム界では、知らない人はいないだろう。それに今までこのゲームに生き残っているし、才能がある。でも、それでも、君はここで一番足手まといなんだ」
俺の言葉を受け、ミントは呆然としている。そしてその捨てられた子犬のような瞳からは、涙があふれ出してきている。我ながら非常に心苦しい。しかし、こう言わなければ彼女は帰らなかったであろう。
「あなたのことなんか…嫌いだ。あんたなんか死ねばいいんだ」
そう言い残して彼女は、撤退していった。そんな不吉なことを言わないでくれよ。と俺は無意識ながらに、つぶやいていた。
ミントが撤退し、15分経った。
まだ援軍は、来ていない。ミントは、きっと伝えてくれている。あの子は、そういう子だ。
現在の状況は、決して良くない。俺とシュタインを除き、ここにいるすべてのプレイヤーは、イエローゾーンを切っている。生き残っている総数18人。ここに来た時の半数を切っている。もしかしたら死んだのではなく、逃げたものもいるのだろう。そしてボスのHPは、ようやく半分を切るか切らないかと行った所だろうか。決して戦況がいいとは、言えなかった。
「みんな!あともう少しだ。あともう少しで援軍が来る!それまでの辛抱だ」
俺は、この乱れきった戦線を整えようと声を掛ける。みんなが俺の声に反応し、戦いの咆哮を上げる。
そして敵への反撃へ乗り出した。
この30分間、決して無駄にしていた訳ではない。俺は、敵のある部分を探っていた。それは、敵の弱点だ。そしてある発見をした。どうやらこの敵は、首周辺に弱点部位があるということだ。
先ほど、こいつの首元めがけ、攻撃を図った所。与えたダメージが、通常よりも多く、敵がうなった。このことから、首周辺にダメージがあるのではと考えたのだ。
「はあぁぁぁぁぁぁあぁああ!」
俺は、雄たけびを上げながらも敵の首元めがけ飛び込んだ。
その声に気づいたのか。敵は、俺に攻撃されまいと回転しつつも、左手に持った剣で攻撃を仕掛けてくる。俺は、その攻撃をギリギリで避け、そしてその勢いで敵の左腕に剣を突き刺した。
だが、敵は、声も上げず、俺から刺された左腕を使い薙ぎ払いをかけてきた。俺はその攻撃を避けきれずに直撃したが、剣で切られてないためか、ダメージはそこまで受けていない。着地に成功し、少々よろめきながらも立ち上がった。
その間にも、奴は、俺に更なる攻撃を浴びせようと、器用に2本の剣を使い攻撃を仕掛けてくる。俺は、それを避けながらも確実にソードスキルを浴びせていく。さらに味方も攻撃に加勢し、敵も楽では、無いようで追い払おうと剣の刃の部分を上に向け、薙ぎ払ってきた。
何人かは、巻き込まれたようだが、ほとんどはなんとか避けきっている。さすがは、生き残っている者達といったところだろうか。
その後も何とか敵に攻撃を繰り返し、気づくと敵のHPが3分の1程度になった。
しかし、問題はそこからだった。突如〈two large sword fencing a giant〉が雄たけびを上げたと思ったら、体が橙色であったのに赤に変色し、さらに二本の剣にオーラのようなものが漂い始めたのだ。俺は本能的に危険だと感じとり、一度下がった。
みんなも、何かを感じ取ったようで敵から離れた。そして暫くの沈黙……
フロアには、みんなの息の音と自分の心臓の音しか聞こえない。
そして、その沈黙を破ったのは、〈two large sword fencing a giant〉だった。
をおぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
と雄たけびが聞こえたと思ったら、敵が消えた。今まで目の前にいた敵が消えたのだ。
次に聞こえてきたのは、人の叫び声と俺が最も聞きたくないエフェクト音であった。そして敵は、また音もなく消えた。
「ウソだろ…奴は、どうやって動いたんだ!」
どこからか恐怖でみたされた絶望したような声が聞こえた。
そして、次に現れたのは、俺の目の前であった。
ギャィィィィィィィィン!
辺り一面に、金属と金属がぶつかり合う音が響く。俺と敵が持っている剣がぶつかり合った音だ。なんとか間一髪でガードすることができたが、もし…できていなかったら大変なことになっていただろう。
そして今の一撃でわかったことがある。どうやらこの敵の性能が格段に上がったということだろう。これは、やばすぎる。元々の性能がチートのようなものだったのに…これでは、勝ち目がなさすぎる。
敵は、俺に攻撃をガードされたことに腹が立ったのだろうか。執拗に剣を振り上げ攻撃を仕掛けてくる。どの攻撃も重く、食らえばひとたまりもない。なんとか避けるが、得意であるカウンターを出せずにいる。
敵は、あきらめたのか。またもやその姿を消した。
次に現れたのは、俺たちから離れたところだった。俺は、最初疑問に思った。なぜ今頃そんなことをするのか。こいつほどの強さならば1対1でやれば勝つだろう。がわざわざ離れた…
さらに敵は、固まったように動かない。なんだろうおかしい…この嫌な感じは、一体なんだ…。
はっ! そうかそういうことか!
「みんな気を付けろ奴は、何かしらの技を放ってくるつもりだ。しかも全体攻撃系のものだろう。壁際に移動しよう。奴からなるべく離れるんだ。そして防御に徹しろ。じゃないと死ぬぞ」
俺の言葉を聞き、みんな一斉に動き出し、壁際へと非難する。
すると、またもや敵の咆哮が聞こえてきた。
をおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおぉぉっぉおぉぉぉ!
先ほどものより、長く。それでいて禍々しい声だ。
その咆哮が終わると同時に、奴の持っている禍々しい二本の剣のオーラがさらに増していく、そして奴が持っている二本の剣が完全に黒く染まった時。その技は、放たれた。
その剣を振ると、そこから大きく、触れたものを吸い込むブラックホールのような衝撃波を放つ技を…それに当たれば、ガードしていても死んでしまう…当たってはいないが、見ていればわかる。これを食らえば死んでしまうと…
そして、その3分後にヒースクリフ率いる【KoB】が、他の層攻略組を引き連れ、このボスフロアにたどり着いた。
そこで、見たものは……
大きくて、暗いフロアに一人の剣士が立っている姿であった。