小説『おかっぱ頭を叩いてみれば』
作者:しゃかどう()

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とんとんとんとん…
彼女は俺の隣の席で、休み時間は決まって紅茶を一回飲み頭をぶんぶんと振っては頷く。別に興味があるわけではない。ただ、気になるだけだ。
彼女を見ていると、なんだか近未来で受付嬢をやっていそうなロボットを連想する。それくらい動かない。そんな彼女が丸い爪のついたふっくらとした指をとんとんとんとん叩いているのだ。気になる。
「どうか、したのか」
国語の古典はただでさえつまらない。だから皆しゃべっているので、俺も便乗して話しかけてみた。彼女は唐突に喋りかけられたにもかかわらず、鮮やかな速さで回答した。
「すいません」
「いいや。なんかあったのか」
「いえ」
それから指で机を叩かなくなった。彼女は同級生までにも敬語を使う。文化祭の準備の時はその要領の良さに皆が助けられていたが、その対応とあまりの人間関係の不器用さのために彼女は文化祭の打ち上げには参加できなかった。呼ばれていなかったのだ。俺の友人いわく「鉄壁の女は嫌われる」らしい。
「おい、藤村ァ」
杉浦というその古典の先生は、優柔不断ではっきりしないことで有名だ。産休の先生の代わりに来た先生なのだが、彼が古典を持った途端にそのクラスだけ平均点が今までの20点下がる超常現象が起きた。そんな中でもこのボブはクラストップを維持していたのだが。
「はい」
俺は少しあってから
返事をした。
「べしの意味、全部言ってみなさい」
「はあっ?」
わあわあと周りが騒ぎたてる。俺は頭のいい方じゃない。この学校は平均の頭が良いから、いくら中学でよくても通用しないのである。
分かるわけがない。というか、杉浦式授業で分かった方がおかしい。
周りを見れば、皆がこっちを向いて哀れだという視線を送っている。誰か…助けてほしい。
とん
俺だけに聞こえるくらいの絶妙なシャーペンの音。彼女だった。かっちりぴっちり、ルーズリーフのはしに四角い文字が書かれている。
【べし:推量・意志・可能・当然・命令・適当】
と書かれたメモだ。多分、今書いたのだろう。少し薄めの文字で、いつもよりは丸い。
「推量、意志…えーと可能当然めいれい…てきとう…です」
流れるように区切りをなしで歌うように言った。杉浦先生はうんうんと頷いてじゃあ…と黒板に向き直った。
「……ありがとう」
こそっと目を合わせないで言えば、本を捲った時のような音が隣で鳴った。笑い声、なんだろうか。そういえば彼女が笑った顔など見たことがない。
「杉浦先生は予測不可能ですから」
こそっと呟くように低めの声が聞こえた。彼女の言葉づかいはなんというか面白い。こいつと友達になれたらなあなどと思う。慌ててそんな思いはなかったようにして、彼女に何か言おうとして彼女の方を向いたら、もう彼女はルーズリーフに黒板のことを書いていた。

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