小説『おかっぱ頭を叩いてみれば』
作者:しゃかどう()

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「はい、練習終了だ―…」
キャプテンがそう告げて、解散した。バスケは好きだ。だが、チームメンバーは皆先輩だから仕様がないと思うのだが、自分の能力を自慢ばかりしたがるので好きでない。だから、先輩たちのバスケ語りの会である帰りのファミレスにも付き合わない。
俺たちは部室に戻って荷物を持ってそのまま帰る。その通路は外の連絡通路しかない。そしてそこからは私立の学校にしては小さなグランドが見えるのだった。
そこに彼女がいて、わずかに音が聞こえたので俺は向かった。何故だかは分からない。何故だかは。
「…」
俺は音楽が好きなわけではない。しかし彼女が並々ならぬ能力の持ち主であることは分かった。かつ、JAZZという類の音楽を吹いていることも。
ビリー・ジョエルの【素顔のままで】。俺だって知っている曲のサックスソロらしい。でもこんな古い曲を演奏会でやるはずもなく、そして九田はJAZZが大嫌いだと以前に聞いたことがあったので、どちらにしてもこの曲は彼女の趣味であることに変わりはなかった。
「あ」
おかっぱ頭が突如消えて、白く小さなとがった顎が特徴の顔が現れた。
「あ、いや…」
「藤村君と空野先輩は、付き合ってらっしゃるんですね」
好きな人が隣にいるなんて、とても幸せなことです。突然そんなことを言われて驚いた。
なんだかとても笑っている。それを見るとなんだか責められているような気持ちになる。彼女にそんなつもりは毛頭ないのだろうけれど、俺にはそう感じた。
「一応…」
「昨日知ったのです。いいですね」
今度のにこにこは嘘だ。嘘っぱちで笑っているのはバレバレである。なんでそんな切なそうな顔をするんだろう。そう思ったら、こっちまで顔がゆがんだ。今日はなんだか、調子が悪い。
「その曲、好きなわけ?」
居心地が悪いので、グランドで練習しているサッカー部を見た。ぶっきらぼうに質問を飛ばせば、嘘の笑いをさらに引きつった笑いに変化させて彼女は答えてくれた。どんどん彼女の傷を深めているような気もしたが、その傷の招待も分からないので対処のしようがない。俺も好きでこんな引きつった顔をさせているのではない。
「はい」
「思い出でもあるのか?」
「…」
もごもごもごと俯いて呟いている。
「すごい、うまかった」
俺がこんなのいっても、全然音楽わかってない奴だけど、と言えば、彼女はふわりふわりと少し寒い風に身を任せていつもの低い声で答えてくれた。
「いいえ、褒められるのは嬉しいです。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げられた。こんな女子高生はめったにいないだろう。今の若者を批判している社会人の方々もきっと尊敬するであろう。感心していたら、甲高い男の声が響いた。
「ボブ!」
お前ってやつぁ…という声が続いて、2年生らしき軟弱な先輩が来た。空野春子に怒られていたのを、一度目撃したことがある。眼鏡をずりずりと押し上げて、重そうな楽器を持っている。
「昨日先輩に言われたばかりではないか…」
全く…と呟くと彼女の襟足を掴んでさっさと行ってしまおうとしている。俺の存在は無視であろうか。
「あの…」
俺が言えば、彼はびくりと肩を揺らしああすいません、と言った。小心者めが。先輩のくせに後輩に敬語を使うとはさすが文化部。そして引き続き彼女をを引きずるように撤退している。
「ああ。そうでした。では」
引きづられながらも、懸命にペコリと謝罪した彼女を俺は黙って見送った。あの先輩はどうやらご立腹らしくコラなどと叱っている。だが彼の顔は緩んでいてどことなく妹を見ているようだった。
―好きな人がいるなんて、とても幸せなことです―…
空野春子はきっと幸せなんだろう。俺の事をとても好いているらしいし、甘えてくる。しかし俺は彼女を騙しているのだ。その場のノリというやつで。そう思ったらボブの笑顔がずんと脳裏に戻ってきて頭痛がした。罪悪感にさいなまれた。こんなに真剣に恋愛の事など考えたこともなかった。
こんな些細な会話でと思う人もいるだろうが、人の考えることなどだいたいそうなのである。過ちに気付くのは、他人のちょっとした言葉だったりするのである。
別れよう。そう思った。
では、彼女の大切な人とはいったい誰なのだろうか。
あの先輩なのだろうか。
しかし、最近噂で飛び交っているワタル先輩。彼はこの学校内でも有数のイケメンとやらであり、女子には人気の株である。そんな彼に今、ボブが恋人なのではという噂があるのだ。うちのクラスの女子が、ワタル先輩を昼休みに弁当を持って一人で歩く先輩を追ったら、屋上でボブと話しているのを目撃したらしい。
彼女はクラスにどんな制裁を喰らわせられるんだろうか。ちょっと心配だったりする。

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