小説『おかっぱ頭を叩いてみれば』
作者:しゃかどう()

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僕は駅前の住宅地に住んでいる。彼女も、駅前のマンションに住んでいると聞いて、一緒に帰っている。
僕の帰るメンバーには、髪を立てる事しか能のないクラリネットの岡三根と、それから辛口批評家の小澤というやつがいる。二人とも同学年の2年生である。そのなかに1年生がいても彼らは気にしない。そして何より、ボブは気にしないのだ。
彼女の鬼才ぶりは、凄まじかった。ソロの器であることからテナーから、アルトに変わった。彼女は実は本職がアルトだったため、その音色は確実に良かった。
「今日の練習は、さんざんだった」
ぽろりと呟くように僕が言えば、ボブは相変わらずの声で答えてくれた。
「空野先輩は、少々厳しいですが、適切な指摘ですよ。飴村先輩に期待してくれているんでしょうし」
「え、まあたダメ村は怒られたのか」
小澤はがははと口を大きく開けて、薄暗くなった空を見上げている。
「大丈夫だ、俺も斎藤先輩に叱られたぞ」
ぐるり、と肩に腕を回されたので、それをとりあえず振り払いながら言ってやった。
「お前と一緒にするな。お前と一緒だったら心中に巻き込まれそうだ」
「確かに一理あるかもしれません」
「おい、ボブっ。お前が言うとなんか生々しくていやだなあ」
ぶーぶーと言っている岡三根をよそに、ふさふさと風に揺れる赤茶の髪を目を細めてみるボブの表情は、確かに真剣だった。それにまた、がははと小澤が笑った。そして秋の始まりを告げるような、生寒い風が吹き抜けて行った。
「そーいえば、ウエストマンションに住んでるんだよね、ボブ」
小澤が少し小さめのボブを覗くようにして言った。ボブはふんふんと頷いている。
「おまえんち、金持ちだろう」
くるくると岡三根が住宅街の道を回転しながら言った。そういう彼も、金持ちの家の出身だったりするのだが。
「兄弟いるのか」
僕が聞けば、少しあって、はいと答えた。
「弟っぽいな」
岡三根は、弟だろ!と勢いよく人差し指をボブに指して、ことごとく無視されている。
「いいや、妹だろ」
小澤は、女の勘とか言っている。
ぎゃあぎゃあ騒ぐ二人を静かにしろと怒鳴り付けた後、彼女は珍しく歯切れが悪く、ぼそりと呟いた。
「妹…です」
「かわいいのか」
「…そう、ですね」
「一緒の部屋に居るの」
小澤がその白い歯を見せるようにニカニカと笑って聞いた。岡三根はあわよくば妹を的なノリで迫っていると思われる。
「いえ…一人暮らし、ですから」
え、と一同が硬直した。
ウエストマンションは家族向けの賃貸マンションである。家賃はそれなりに高いらしく、出てくる家族は幸せそうで金持ちそうな、そんな家ばかりだった。
そんな広めの場所に一人とは、と皆が少ししんとなったのに気付いたのか、ボブはううんと唸って付けくわえた。
「もうちょっと、田舎の方に、家族がいるものですから」

その後は、岡三根のおかげで場を盛り返して、別れたものの、そのことは僕の胸に引っ掛かり続けた。

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