小説『支社から来た使者は死者だった!?』
作者:(没さらし)

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「で、どういうことなの?」
 美穗の問い詰めるようなきつい口調に、副会長の杉山君は微笑んで応える。ここは部室で、‘ししゃ’には席を外してもらっている。
「何で、部室でお茶飲んで、掃除だけしている和也が狙われる訳? 今日なんて刃物持って襲われたんだよ! 和也を会長にした副会長のあんたは何か知ってんでしょ?」
「まあまあ、落ち着いて。そんな言い方だったら杉山君も答えにくいよ」
 僕は美穗に言ってからお茶をすする。ズズッという音が部室に響いた。
「あんたのことでしょうが! 何でそんな人ごとなの!」
「まあ、とにかくお茶を一口飲んで。せっかくのお茶が冷めちゃうよ」
「どれだけお茶が好きなの!」
 美穗の突っ込みと一緒にあの手刀が僕の肩を打つ。そろそろ来そうだと思ってお茶は机に置いていたおかげで無事だったが、僕はクルクルと回りながら椅子ごと吹っ飛ぶ。
「相変わらずですね、お二人とも」
 杉山君は‘美穗曰く’笑っているようで笑っていない顔でしみじみと言った。
「で、どういうことなの?」
 美穗は睨みつけながら再度訊く。杉山君は右手を小さくまあまあという感じで動かした。僕がもう一度椅子についてから、杉山君は語り始めた。
「私も先ほど‘ししゃ’から聞いて知ったところなんですよ。この部、TG社が全国の高校に支部を持っているのはご存知ですよね。私どもはその支部のことを支社と呼んでいるんです。その支社ごとに色々な活動を行っているんですけど、ある支社と他の団体が活動内容でいざこざが起こりまして……。そしてどういう訳か、その団体が会長である和也さんを押さえればというふうに考えだしたみたいなんですね。最初はわざと身の危険を感じさせる脅し程度だったのが、とうとう本当に危害を加えようとまで考え始めてきたみたいなんです。それを‘ししゃ’が支社からの使者として伝えに来てくれた訳です」
 杉山君の説明が終わったところで、もう一度僕がお茶をすする音が部屋の中に響く。
「なんでそこでお茶をすするの!」
 美穗がまた手刀を繰り出して、僕の体がクルクルと回転して吹っ飛ぶ。今度もちゃんと湯飲みは机の上に置いていて無事だ。
「じゃあ、警察に行こう。刃物出して襲ってくるなんて絶対捕まるよ」
 美穗が吐き出すように言った。僕も床から体を起こしながらそうだと頷いてみる。
「それがどうも表に出てはまずい内容らしいんですよ」
 杉山君が口を歪めて言いにくそうに言った。
「まずい内容?」
「‘ししゃ’をご覧になればお分かり頂けますよね……」
 美穗の質問に杉山君が声を小さくして答える。僕ら双子は顔を見合わせた。
「‘ししゃ’さんって何者なの? 死んでいるって言っていたけど……」
 美穗が眉をしかめて言う。僕も杉山君を見る。杉山君は言うことを整理するかのように目をつぶった。そして、しばらくしてから重い口調で話し始めた。
「‘ししゃ’は一度死んでいる女の子なんです。事故でした。車に轢かれたらしいです。でも体は酷い状態だったのに、脳はほとんど無傷だったんです。ちょうど折良く、逆の状態、つまり脳死状態なだけの女の子がいたそうです。それで‘ししゃ’の脳を脳死状態の子の脳と取り替えた訳です。たまたまそこの支社では、そういう研究をやっていて、実験的にその施術を行って上手くいったということです」
「なっ……」
「そんなことって……」
 杉山君の話に僕ら双子はそれぞれ呻くように言葉を漏らす。世の中で移植技術やらクローン技術やらが進んで、僕らの周りでもよく聞く話になったはずなのに、さすがににわかには受け入れがたかった。
「でもあのパワーとかって……」美穗が言う。
「実験的に色々試してみたんです。その結果、驚異的な身体能力を得て、痛覚といった邪魔な感覚を抑えることに成功したらしいです」杉山君が淡々と答える。
 “あまり痛覚がない”、そう言った‘ししゃ’の言葉が思い出された。そのときの寂しそうな右顔と共に。
「で、今回会長の無事を確保できましたし、もうしばらくの間、‘ししゃ’に護衛をしてもらおうかと思います」
「へっ?」
「えっ?」
 杉山君の唐突な提案に僕たち双子は間抜けな返事をした。
「で、でも、それって……」
 慌てた僕を美穗と杉山君が呆気にとられて見ている。
「何で? 良いじゃん。あんなに最強な‘ししゃ’さんに守ってもらえたら安心だよ」
「そうですよ。‘ししゃ’以上の人材はいませんよ。それに護衛をしていたらさらに‘ししゃ’のデータが取れ……」
 美穗に続けて言った杉山君が最後の方の言葉を慌てて濁したのを、美穗がジロリと睨みつけた。
 僕は内心の動揺を抑えるように小さく深呼吸をする。何だ?何でこんな落ち着きのない思いがするんだ?
 疑問は答えに至らないまま、僕はお茶に口をつけた。

「て、言うか、何で高校の一部活に過ぎないはずのとこで死人を蘇らせたりできる訳?」
「それは確かに」
 やっとそこに考えが行き着いた美穗が僕に耳打つ。僕もそれに同意する。
「えっ?どうかしました?」
 ‘ししゃ’がにこやかな笑顔を僕たちに向けた。僕たち双子は誤魔化すように空々しい笑いを浮かべる。‘ししゃ’が護衛になって一週間。学校の授業があるとき以外は僕ら三人は一緒にいた。学校と家の行き帰りだけではなく、美穗の部屋で寝泊まりもしている。授業の間も何かあれば出て行けるように部室にいるのだとか。生徒でもない人が校内を自由に出入りして良いのか疑問が残るが、杉山君が手を回してくれているみたいだ。「杉山もいったい何者なのか分からない」は最近特に美穗の口から出てくる言葉ではあるが。

 久しぶりに部室に寄ると、やはり一週間掃除しなかっただけで埃が隅に見える。僕は上着を脱いで、‘ししゃ’と美穗を追い出して掃除に取りかかった。
 ここ一週間は部室に寄ると帰りが遅くなる、遅くなると襲われやすくなると美穗が主張して直帰していた。だけど一週間何もなく、日が暮れるのが段々遅くなってくると、僕たちの緊張感は薄れてくる。久しぶりに掃除したいと言った僕に‘ししゃ’も美穗も特に異論を挟まずOKしてくれた。
 僕が掃除をしている間、‘ししゃ’と美穗の女の子たちの会話がドア越しに聞こえてくる。有名人の名前が出てきて、格好良いとかいう言葉が聞こえてきた後で、何故だか僕の名前が言われたような気がした。慌てて聞き耳を立てるけど、声はどんどん小さくなって何を言っているのか分からなくなってしまう。急に聞き耳を立てている自分が嫌らしく思えて頭を振る。でも胸の動悸がおさまることはなかった。

 掃除を一通り終えて二人を部室に迎え入れた。二人はキャッキャッと話に盛り上がっていたが、僕は素知らぬ顔を作って二人にお茶を出す。それから自分用にお茶を入れた。
「何? そのお茶? 私たちのと色が違わない?」
「本当ですね。何ですか?その個性的な色をしたお茶は?」
 僕用に入れた湯飲みの中のお茶を見て、二人が質問を投げ掛けてくる。
「杉山君にもらったんだ。‘ししゃ’さんが来てくれたときに。厄払いの願が掛けてある特別なお茶なんだって」
「杉山!? 厄払いのお茶!? 何それ!? うさんくさいの満載じゃない」
 僕の答えに美穗が顔中を使って気味悪いを主張する表情をして見せた。僕と‘ししゃ’はそれに声を出して笑う。笑いながら‘ししゃ’を見ると、‘ししゃ’も僕を見てきた。初めて会ったときに思った、太陽みたいな笑顔。昔はあった陰みたいなものが薄れてきていると感じるのは、僕の気のせいではないと思う。
「‘ししゃ’さんの笑顔って良いよね」
 思っていることが口に出てしまう。‘ししゃ’は一瞬キョトンとした顔をした後、慌てて僕から目を逸らした。その反応と自分の言葉に僕は顔が熱くなる。
「で、でも、‘ししゃ’さん、今度の一件が終わった後も会えるよね?」
 僕は自分の反応を誤魔化そうと唐突なことを言う。一瞬、場に沈黙が広がった。美穗はことの展開に混乱しているかのように右に左に顔を向けている。
 そして‘ししゃ’は・・・。自嘲するかのように薄く笑って
「そうですね。会えると良いですね」と答えた。

「苦いっ!? 何この濃いお茶は?」
 場に広がった沈黙を破ったのは、美穗の甲高い非難の声だった。
「あっ……。美穗のお茶が苦かった? ゴメン。‘ししゃ’さんのお茶は苦すぎるくらいが良いかと思って。美穗のお茶と間違えたみたいだね」
 僕が慌てて弁解する。
「えっ?」
 ‘ししゃ’が驚いたような声を上げる。
「だって、痛覚が鈍くなっているってことは味覚もそうなのかなって。そう思って見ていると、薄口の食べ物はあまり箸が進まないみたいだし」
「……。気付いていてくれたんですか?」
 ‘ししゃ’の頬がほんのりと赤く見えた。
「うん、まあ」
 そう答えてから照れくさくて僕は頭の後ろをかく。‘ししゃ’と僕は小さく笑い合った。そこにズズッという音が響いてから
「何このお茶、薬みたい! こんなのよく飲めるね、あんた!」という悲鳴に近い声が上がった。
 何事かとそちらを見ると、美穗が僕の湯飲みを乱暴に机に置いて洗面台に向かって行った。そして口の中のものを洗面台に吐き出していた。どうやら僕のお茶を味見したらしい。僕と‘ししゃ’はもう一度顔を見合わせた。僕が噴き出すと‘ししゃ’も噴き出す。そして僕らは小さく笑い合った。僕たちの心は通じ合った、そんな気がした。
 だけどひとしきり笑い合った後、一瞬‘ししゃ’が顔を伏せたとき、わずかに見える目が暗い色をしていた気もした。

「死ぬって何なんでしょうね?」‘ししゃ’がポツリと呟いた。
 すっかり暗くなってしまった帰り道。僕が美穗に杉山君からもらったお茶の美味しさを力説しているところにその言葉が割って入った。
「あっ、死んでいるのか生きているのか微妙な私が言うことじゃないのかもしれないですけど」
 急に静まった三人の間に慌てて‘ししゃ’が口にする。そして薄暗い街灯の下自嘲気味に笑った。
「‘ししゃ’さんはちゃんと生きているよ。だいいち死んでいる人はそんな疑問すら抱かない」
「そうだよ。こうやって私たちと手を繋ぐことだってできる」
 僕に続いた美穗が‘ししゃ’の手を取って言った。だけど、元気づけようとしていたはずの顔が何故だか曇ったような気がした。
「じゃあ、生きているって何なんでしょう? 人は何なんだって生きようとするのでしょう?」
「‘ししゃ’さん? どうしたの?」
 思い詰めた顔をして質問をする‘ししゃ’に僕は戸惑って応対する。何を言えばいいのか分からず美穗の顔を見ると、その顔はまだ曇っていた。また、三人の間に沈黙が降りてくる。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。ごめんなさい。お二人と楽しい時間を過ごしていると、急に今の自分に疑問がわいてきちゃって。忘れて下さい」
 沈黙を破ったのは‘ししゃ’だった。それも不自然なほど明るい声で。僕は‘ししゃ’の顔を窺う。声と同じでその顔も不自然に明るかった。

 しばらく元気を装う‘ししゃ’がおおげさに腕を振りながら数歩先を行くのに付いていく。‘ししゃ’のその様子がかえって気になる。何かを隠しているようで。突然‘ししゃ’が立ち止まった。僕たちも足を止める。‘ししゃ’の前にはまた黒ずくめの男たちがいた。
 今度はそれぞれに得物を持っている。‘ししゃ’は僕たちに後ろに下がるように手で合図を送った。僕と美穗はそれに従う。‘ししゃ’の戦闘能力なら僕たちがいた方が邪魔になるからだ。
 男の一人が鉄パイプを振り上げて‘ししゃ’に襲いかかった。‘ししゃ’の姿が一瞬ぶれる。残像が残るほどの速さで男を吹き飛ばす。相変わらず人間離れした強さ。でもそれを見て僕は何かが心に引っ掛かった。
 ‘ししゃ’はほどなく男たち全員を倒してしまった。圧倒的だ。心に引っ掛かったことも正体が分からないし気のせいだろう。そう思って僕は‘ししゃ’に歩み寄った。‘ししゃ’がそれに気付いて顔をこちらに向ける。そのとき、胸の鼓動が止まってしまうかのような衝撃を受けた。その顔が全く血の気が感じられないほど真っ青だったのだ。
「ど、どうしたの? その顔色、異常だよ」
 僕は何とかそれだけ呟いた。‘ししゃ’が倒れてしまうかも。そんな気がして手を伸ばす。‘ししゃ’は大丈夫だと拒むようにその手を優しく払った。そのとき一瞬‘ししゃ’の手と触れたときに気付いた。何で先ほど美穗の顔が曇ったのか。‘ししゃ’の手は氷のように冷たかった。それは冬の寒さとか冷え性というレベルのものではなかったのだ。

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