小説『支社から来た使者は死者だった!?』
作者:(没さらし)

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 僕と美穗と‘ししゃ’の三人での登下校。それに遠巻きに幾人かの屈強そうな男が付いてくるようになった。杉山君が手配してくれたらしい。何も説明がなかったので、最初、美穗は僕を狙ってくる黒ずくめの連中の仲間じゃないかと疑っていた。だけどそれが誤解だと分かり、その人たちの中に好みの男性がいたとかで、登下校の時間をウキウキして待つほどになってしまった。
 今日も美穗は僕たちの会話には上の空で、その好みの男性に熱視線を送っている。
「美穗さあ、今日の弁当ってさあ、唐揚げ入っていたっけ?」
「うん、そうじゃない」
「美穗さん、手袋片方忘れていますよ」
「うん、そうじゃない」
「美穗さあ、手袋どころかカバン忘れているよ」
「うん、そうじゃない」
「……」
「……」
「うん、そうじゃない」
 僕と‘ししゃ’は顔を見合わせる。困ったような呆れたような‘ししゃ’の顔。僕も似たような顔になっているだろう。‘ししゃ’の頬がピクリと小さく動く。僕の口の端も持ち上がる。そして僕たちは口をすぼめて声を出さないで笑い合った。

「副会長から聞きました。会長は全てご存じなんですよね」
 ‘ししゃ’が僕だけに聞こえるように小声で言った。
「うん、まあね」
 僕は顔に出てしまわないようにできるだけ何も考えないで小さな声でその言葉に応えた。
「私は一度死んでいるんです。だから平気です。だから――」
「うん?」
「心配しないでください」
 ‘ししゃ’のその言葉で、顔に出ないようにしていたことが無駄だったことが分かった。でも――。
「‘ししゃ’さんは強いんだね」
「いえ、そういうんじゃなくて平気だから」
「でも」
「え?」
「無理しないで」
 僕は少し強めに言った。一度死んだから死ぬのが平気な人はいないと思うし、だいいち平気な人は泣いたりしない。
「無理なんかしてないですよ」
 ‘ししゃ’はぎこちなく笑った。無理をしているのは明らかだった。
「無理しないで」
 僕はもう少し強めに言った。その声が聞こえたらしく美穗の「うん、そうじゃない」が間に入る。‘ししゃ’の目にみるみる涙が溜まる。それをバレないようにするかのように顔を伏せた。
 僕はその頭を撫でるように優しく平手で叩いてもう一度繰り返した。
「無理をしないで」

 三限目の授業を抜け出して部室に来た。ドアを開けると‘ししゃ’が驚いた顔をしていた。
「どうしたんですか?今授業中じゃ」
 僕は苦笑いで応える。どうしても‘ししゃ’に言ってやりたいことができて、いてもたってもいられなかったのだ。
 僕は何も言わないで二人分のお茶を淹れる。そして‘ししゃ’に手で勧めた。
 ‘ししゃ’は戸惑いの表情を浮かべながらお茶をすすった。僕もお茶をすする。
「ねえ、‘ししゃ’さん。目をつぶってみて」
 僕はポツリと言った。‘ししゃ’は僕の顔を窺ってからそれに従う。それを確認してから僕も目を閉じる。
 訪れた暗闇の中、どこからともなく小鳥のさえずりが聞こえてきた。春が近いことを知らせるかのように風が窓を打つ音も聞こえる。そして僕の心も平穏になっていく。
「落ち着くでしょ」
「えぇ」
 僕の言葉に‘ししゃ’も穏やかな声を返す。
「まるで自分が自然の一部になったみたいでしょ」
「えぇ」
「死ぬってね」
「え?」
「死ぬって結局こういうことだと思うんだ。死んで灰になったらもう自然の一部。だから自分が自然と一体になる。そう思えば、死ぬのも少しは平気になるかなって」
「……」
 僕はゆっくりと目を開けた。窓から入ってくる日差しが窓のサッシに反射して目に飛び込んでくる。その光が窓の先の自然を輝かせて見せた。
「ありがとうございます」
 その声の方を向くと‘ししゃ’が微笑んでいた。晴れ晴れとはいかないまでも僅かに明るくなっている。そんな表情のような気がした。小さく晴れた太陽のようなその笑顔はやっぱり魅力的だった。
「会長」
「うん?」
「私、行きたいところがあるんです。二人で一緒に行ってもらえないですか?」
 急な‘ししゃ’の提案に面食らう。だけどその目の真剣さに引き込まれた。
「ちょっとの間だったら危なくないと思うからいいけど」
「ありがとうございます」
「でも、どこに?」
「この体の人のお墓です」
 ‘ししゃ’の言葉に僕は意表を突かれる。そんな僕に‘ししゃ’は続けた。
「たぶんこれが最後のお願いです。お願いします」

 僕たちの学校から数駅行ったところにある住宅街の中にある墓地。そこに僕と‘ししゃ’はやってきていた。できるだけ襲われないように私服に着替えたり帽子を被ったりして変装はしている。おまけに本来下校時間じゃない時間に学校を抜け出したのだからたぶん大丈夫だろう。
 僕は墓地の入り口から、ある一つの墓石の前にいる‘ししゃ’を見守る。‘ししゃ’は最初は手を合わせて目を閉じていたが、目を開けた後墓石をジッと見つめていた。近いようで距離のあるここからはその顔ははっきりとは見えない。やがてその口が小さく動くのが分かった。何かを言っている。でも何を言っているのかは聞こえてこなかった。
 しばらくそうしてから‘ししゃ’がスッと立ち上がった。そして墓石に一つ頭を下げた。顔を上げるとゆっくりと僕がいる入り口に向かって歩いてくる。段々と近付いてきてその顔の細かいところも見えてきた。先ほどよりも晴れ晴れとしている。だけどその目は固い決意がこもっていた。
「何を言ってきたの?」
 僕はおそるおそる訊いてみた。‘ししゃ’はクスリと笑うと「それは内緒です」と片目をつぶってみせた。

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