小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 朝になって、綾は病院にお勤めに行った。

 私はまだベッドの中で天井を見つめながら、これからの事を考えていた。

 昨夜は一度に海乃の所在が見えてきて、私はとにかく舞い上がってしまっていた。

 のぶに吐かせたのは良いとしても、あそこまで喧嘩する必要もなかった。

 いっそ情報を分かち合って協力した方が、本当は良かったのだ。……と、綾に諭され、ちょっと後悔もしたの

だが、のぶも舞い上がってるんだから同じことだ。

 おでこの腫れもひいて、痛みも落ち着いて、朝ご飯に綾とチーズケーキを食べた。

 そう、ちかちゃんの北海道土産の「戸川さんと食べてくださいね」の、アレだ。

 本当なら、海乃の話を語りつつ、先を計画しつつ、コーヒーでも淹れて、のぶの部屋でのぶと食べるのが筋な

んだろうけど……貰った絵麗のチーズケーキは大変美味しく、のぶなんかにたべさせなくて本当に良かった。

「うーちゃんを見つけて拐うのは良いけど、何処に住まわすんだよ?もう橘の家はないんだよ?」

 ニコニコ美味そうにチーズケーキを頬張りながら、綾は冷静に核心を衝いて来るものだ。

 安直に「のぶの部屋」とか思ったが、今や私は奪い合いの喧嘩をしているのでそうもいかない。

「ひとまず、うちの病院に入院させてもいいけど、ここに来ても構わないよ。店のコたちには言っとくから」

 確かにこの家は、店の2階に丸々ドンともう一軒、店に使えるような広々としたワンルームだし、もう一部屋

分仕切ることも、ゴロゴロと3&#12316;4人で自堕落に暮らす事も可能だけど……

「そしたら私も来てもいい?」

 つい、中学の頃にお互いの家に入り浸っては、共に寝起きし、ベタベタと触れ合いながら過ごした、あの蜜月

の日々を思い出していた。

「つまりそれって、俺が実家に帰れって事か?」

 あれ?やだな、見透かされたぞ。

「そうじゃないけど、綾と同棲されるのは遺憾なもので」

「うーちゃんが、だろ?でもまずうーちゃんがそれをよしとするかって問題があるけどな。うーちゃんは医者嫌

いだが、それ以前に俺の事が死ぬほど嫌いだ!無理矢理住まわせたら、ここで首でもくくり兼ねん!」

 ……自慢してどうする。

「ところで俺は午後から出かける。ミサオんとこ行ってみるわ」

「ミサオちゃん?町田?」

「それは職場だろ?あいつが住んでる所は横浜だ」

「横浜!?うそ!私も行きたい!」

 横浜の何処かもわからないくせに『横浜』ってだけで反応してしまう。

「うーちゃんの相手、オカノってんだろ?横浜のオカノってのにはちょっと心当たりがある。ハザマ病院の指名

ナンバーワン神経内科医の名にかけて、探り入れてくるわ」

 指名ナンバーワンて……ホスト魂が染み着いてるよね。希望してた精神科ならまだ指名も解るけど、神経内科

で何を指名されてるんだか……

「七恵はこっちで出来る事をきっちり進めな。まあ……今日は休んどけよ。入稿終わって今日明日は仕事休みだ

ろ?」

 おでこにひえピタを貼ったままの私の頭を撫でる。

 ……こんなに私のために一生懸命になってくれちゃう綾に、私はどうやって恩を返していけば良いんだろう。

でも、今みたいに裏のない笑顔を見てると、まずは私が幸せになろうと思う。そのために、傍に居てくれてるん

だから。

「俺、夜には帰るけど、七恵は今日は家に帰れよ」

 階段下の玄関まで見送った時、とてもとても医者らしからぬ、派手なウェスタンだかパンクだかジャラジャラ

飾りのついた革靴を履きながら捨て台詞のように言われた。

「うーちゃんと幸せになりたいんだろ?フラレるにしても想っていきたいんだろ?」

 私は頷いた。だってそれが私の幸せだもの。出版の仕事も、のぶの嘘恋人も、そのためのものだもの。

「そろそろカミングアウトしておいたら?家族にはさ。じゃ、行ってくる!」

 綾はドアの向こうに消えてったけど。

 ……今、何て言った?

 親にカミングアウトしろと!?ちょっと待って!マジに!?


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