小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 そして私は考えている。

 カミングアウトって……つまりそれは、パパとママと弟の……家族に対して、



 あなた方の娘はレズビアンです。愛してるのは、昔からご存知の親友なので、嫁にも行かなきゃ、孫の顔もお

見せ出来ません。それでも私は幸せなんです。どうかそんな娘を末永く、見守ってください。礼。



 ……なんて言わなきゃならないわけ!?

 いやいやいやいや、いくら物分かりに長けた奔放な両親でも、そんなの聞いたら倒れちゃうよ!下手したら、

勘当モンだよっ!!

 私が勘当されるのは構わないけど……私がカミングアウトする事によって、芋づる式に海乃や綾やのぶの事ま

で明るみに出ちゃったりしたら……みんながどっかで傷つくんじゃないか?

 セクシャルマイノリティなんてもんは、説得したって、解らない人には解らないんだよ!でもそれが普通な事

なんだから、差別や偏見だなんて思わない。

 ……思わないから、せめて当事者には静かで愛に満ちた余生を送らせてくれよー!!



 グィンゴィーン♪グィンゴィーン♪

 ……何だ?この音は……?

 グィンゴィーン♪グィンゴィーン♪

 部屋中に響き渡る耳障りな鐘の音……

 グィンゴィーン♪グィンゴィーン♪

 嗚呼うるさい!

 何?ドンドンとドアを叩く音まで聞こえてくる……?

 ……もしかしてこれはチャイム?来客のお知らせ?

 長年ここに入り浸ってるけど、初めて聞いたかもしれない。

 ずるずるとスウェットスーツを引きずりながら、階段を下りる。はいはい、どなた?……私はここの家の奥方

か!?

「何それ。家に居るのと同じカッコじゃん」

 ドアを開けたら、見慣れた人懐こい顔の金髪美少年。……いつから金髪に生え変わったんだよ?

「……拓実……何でいるの?」

 弟の拓実がいた。

「綾兄から電話来たから……一緒に飯食おうと思って買って来た」

 マックの大袋を差し出す。

 玄関から階段脇を抜けて店の方に通した。明かりを点けてエアコン点けた。

 カウンターにマック袋を置いて、拓実はスツールに腰かけてくるくる回って周りを眺めた。

「ななちゃん、ここのママになんの?」

「なんないわよ。ていうか、何でここ……いや綾から電話って……リョウニイって、誰」

 拓実はシレッとこちらを見ながら、まだくるくると回っている。

 カウンターに置いた皿にフライドポテトを出して、グラスにはコーラを注いだ。

「綾兄はうちから酒とってるから場所くらい知ってるよ。電話なんてしょっちゅうだし、家にも来るし。俺、よ

く一緒に格ゲーするけど、綾兄上手いんだぜ、指使いがさ」

「何?そのアットホームな感じは!」

「のぶ兄もアレだし、綾兄もだし……巧みなテクニックで、ななちゃんウハウハの酒池肉林だね!」グワシャ

ン!!

 思わず製氷機の中に顔を突っ込んだよ!

 ……な、な、な……何だと!?何という事を……

「ななちゃんはどっちと結婚すんの?あー綾兄とは結婚出来ないかー……じゃ、のぶ兄かぁ……俺はどっちが兄

ちゃんになってもいいけど……」

「ちょちょちょちょちょっと待ってよ、拓実!あんた何をどこまで知って……」

「でも、ななちゃんが本当に好きなのは、うーちゃんだっしょ?」ガラガラグシャシャーンン!

 カウンターの酒瓶を倒して、手元のグラスをシンクに落とした。

 いや、だってその……何だって拓実が……ていうか、テクニシャンだとか酒池肉林だとか……

「……ななちゃん、はしゃぎすぎだよ。俺が知らないと思った?俺、もう中2だよ?まだ童貞だけどね」

「童貞はどうでもいいよ!でも……だって……りょ、綾から聞いたの?」

 まるでマンガのようにコケた身を立て直しながら、すっかり育った弟の顔を覗き込む。

「んー?だいぶ前にね、ななちゃんが家に帰んなくなった頃にパパが綾兄に相談したんだ。そしたらママがすか

さず付き合ってるのかって訊いて……いろいろ話して、初めて綾兄みたいな女もいるって知った!カッコいいじ

ゃん、綾兄」

 拓実はニコニコと、濁りのない瞳を細めて嬉しそうに笑った。

 いやその……訊きたいのはそこじゃないよ……


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