イッタい!チクショー……やるんじゃなかった!右手までジンジンするじゃん!でもどうにも手が出ちゃった
んだもん!
私に殴られてどやされて、のぶの野郎は逆ギレした。
「ってーな!チクショー!!てめえ!女がグーで殴るか!!」
掴みかかって来たから私も掴み返す。ああやだ、右手が痛い。
「海乃は容赦無く殴ったわ!何が決めただ!?プロポーズだ!?フラレてメソメソ帰って来るたあどういう根性なし
よ!!愛してもない男のところにどうして帰すのよ!」
「……アイツが帰るって言ったんだ。逢いたくなったらまた連絡するって、連絡先も教えなかった……」
何でよ!?海乃は絶対、ちかちゃんみたいに愛人みたいな地位に甘んじたりしない。ならば捨てるか諦めるは
ず……諦める?
「のぶ……アンタ、私の事海乃に言ったんだよね?結婚するとまで」
「言ったけど、それはもう取り消した。お前には酷い言い方だけど……七恵は要らないって……俺がもうお前の
事、海乃の代わりにも出来ないから」
それが全部とは言わない……拐えと言っても海乃ならケジメつけに帰るだろう……それを頑なに、別れを決め
るだけの理由があるとすれば……
「ま……まさか、月曜日の告白も?代役宣言も?言っちゃったの?」
「だからお前には別れてくれって、言ってんだよ!」
「ばかかー!!」
ソレしかないじゃないかー!
海乃は……海乃は……私はのぶを好きだと思ってるんだからーっ!!…………のぶもだけど。
「言っとくが、俺は諦めないからな!アイツが結婚する前に、絶対見つけて俺のものにする!絶対離さねえ!!だ
からお前はさっさと別れろ!」
ブツッと来た。
この万年モテ期の発情サルは、黙ってても女が寄って来るから、女を追う術さえ知らんのか!!
「……昨日、横浜から電話くれたよね?海乃は横浜に住んでるのね?横浜の何処よ」
「知らねえ……聞いてない」
クソぉー……ちかちゃん送ったのが何処か聞きたいけど……聞けない!
「男の名前は?」
「オカノ……下は忘れた」
つまり、オカノ和くんさん……って、ゴマンと居るわ!!
「……つっかえねー男だなあ!!それで何が探してやるだ!結局アンタはまた前髪を掴み損ねたのよ!!」
「何の話だよ!?俺だってな……」
私は何のためにアンタと付き合ってきたと思ってんのよ……!
アンタなんか……
「誰が別れてやるもんか……!」
のぶなんか……
「私が先に海乃を見つけて終わらせてあげる!私と別れたかったら、先に海乃を捕まえて幸せにしな!私が先な
ら、結婚してもらうからな!!」
とびきりの嘘で踊りやがれ!!
「どうしてまたキミは、そういう淡化を切って来ちゃうんだろうね」
顔の上の氷嚢が、かなりの勢いで気持ちがいい。製氷機のある家で嬉しいことこの上ない。
「……それくらい言わないと、のぶは動かない!」
……うーん痛い。
「ねぇ綾……コレ頭蓋骨割れてる?」
「大丈夫。これタンコブだから……って、そもそも女の子がやる喧嘩じゃないだろ?」
泣きながら電車に乗ったはいいが、頭突きしたおでこが痛くて、目も開けられない状態で綾の家に転がり込ん
だ。額が酷く腫れていた。
「これじゃのぶの方も酷いことになってんだろう?しかも頬まで殴られて……どこのDVカップルだか……」
腐っても医者だ……綾はテキパキ治療してくれた。……タンコブの。
手当されながら、ずっと今日のニュース速報を語り尽くして来たんだけど……私がのぶと妙な駆け引きをした
前までは、既におでこと心の痛みでパニック状態の私の代わりに喜んでくれた。だよね、だよね。綾にとっても
海乃は『初恋のうーちゃん』なのだから。
「ねぇ、私が今綾に『別れて』って言ったら別れる?」
「じゃあ、うーちゃんを先に見つけな。でないと結婚するぞ……て、脅すかな」
「あはは……コレは焦るわ。私、正解じゃん」
氷嚢で埋もれた瞳の奥で、涙が熱を持って溢れ出す。
やっと……やっと、追い付けるよ……海乃……!