小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 ミサオちゃんは、その岡野夫人とやらに連絡して、翌日の11時に会う約束を取り次いだ。ただし、綾だけ。ハ

ザマ病院の息子(娘なのは知っているのか!?)となら、30分だけお会いしましょう。という事らしいです。不満は

ないが、綾が心配だ……自分で思ってるより短気だから。

「七恵、帰るか?明日も家で待ってればいいし」

「やだよ。すぐ聞きたい。一緒に行って外で待ってる」

 私が必要としてる情報だもの。

「じゃ、どっかで泊まるか?岡野ん家は金沢文庫だから……横浜辺りで」

「家はダメよ。二人も泊められないし……ウサギちゃんが怯えるから」

 閉店の準備をしながらミサオちゃんが口を挟んだ。……確かにウサちゃんはビックリしちゃうよね?ちょっと

行ってみたかったけどね。

「はいはい、行きませんよ!泊まるんなら二人きりがいいに決まってるだろ!?……送ってくか?」

「生憎、原チャ通勤なの」

 ……まさかこの格好で原チャ!?なんて思ってたら、ホントにその格好でヘルメットを手にした。……と言うよ

り、急ぎ足のミサオちゃんは綾に送らせたくないみたいに見えた。

「さて。どこに泊まろか!」

 綾はご機嫌だ。……ああ、そうだろうとも!

「久しぶりだよね、七恵と寝るの♪」

「……しょっちゅう泊まってますけど」

「だーかーらー……わかってるクセに!俺と七恵の関係って、もともと何だっけ?」

「……セックスフレンド……だったかな」

 寝るとは……眠る前にひと騒動を興す『寝る』である。わかってるし……暫くご無沙汰だった。……つまり、

のぶと致してないからってことだけど……別に連動してるわけではなく、綾とは肉体の欲望を淘汰するには長く

連れ添った、パートナーと言えなくもないんだけど……今の私は、まさに身も心も海乃でいっぱいなので、綾と

気持ちいい事をしているどころではないんだ!ただでさえ、綾を大嫌いだという海乃への、これは背徳なる裏切

り行為だと常日頃、理性のあるところでは心を痛めているのだから……

「何?その顔は!?俺じゃ不服か!」

 そりゃ不服だよ。……でも、泊まらないわけにも行かない。

「じゃ、ココに行って」

 私はポケットからホテルのロゴが入った使い捨てライターを差し出した。

 ホテルの名前の他に、住所と電番も印刷されている。

「のぶの部屋にあったの持って来た。たぶん、海乃と入った所だと思う」

「お前!……いやらしいヤツだなぁ。あいつらが泊まった所でヤろうっちゅうの?」

「いーじゃん!!私、もうすぐ失恋するんだよ!?そのくらいヤラシイコトさせてよ」

 ちょっと泣けてきた。

 忘れていたわけじゃないのに、海乃を近くに感じる今になって、現実が押し寄せる。自分の想いが叶わない、

実らない、報われないものなのだと……わかっていながら、のぶを留めたい一心で付き合っちゃってんだから、

もう言わないわけにはいかない。

 それ以前に、逢えない時間に愛っていうのは勝手に増幅するもんなんだよ!私のハートは今や爆発寸前なんだ

からアホー!!綾が入る隙間なんか、あるかー!!

 ああ!指一本、挿れてやるもんかー!!



 …………って思ってたのになぁ……

 鏡張りの天井に映る素っ裸の自分に、心から懺悔したい。

 何でヤっちゃうかなあ……もう。

 ムードに流されやすいって言うか、押しに弱いって言うか、女性ホルモンが活発って言うか……何分、好きだ

よね……嗚呼……。

 コーヒーでも飲もう。

 部屋の明かりを点けようと、枕元のパネルを適当に叩いたら、天井一面に点々と豆電球が灯った。

「綾、綾、起きてよ、見てよ!」

 隣で俯せて、お尻丸出しのまま今や眠ろうとしていた綾を蹴飛ばした。

「……何だよ?俺、眠いし」

「上見て、天井!星空になったよ!……キレイ。綾と私が星座になったよ!」

 懺悔の気持ちが、天に届いた気がした。……都合いいけど。


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