小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 海乃も見たかな……星空天井……なんてことはないだろうな。



 ライターに記されたホテルはすぐに見つかった。横浜のIC出口にいちばん近い所にあったから。

 ……やだなぁ、のぶ。アンタ、がっつき過ぎだよ!好色猿!

 週末の夜中に空いてる部屋などほとんどない。

「どの部屋だよ?」って綾は訊いたけど、そこまで知るわけないじゃん!?

 部屋の写真を載せた電光パネルで明かりが点いてるのは2部屋だけだった。別に部屋なんてどうでも良かった

けど、今ひとつピンと来ない2部屋を見比べて吟味していたら、ひと部屋明かりが点いたので、よくも見ないで

そこにした。

 同じ部屋である確率は無いに等しいだろうが、海乃が通って来た道を辿れたのなら、私はそれで良かったのだ

から。

 ……もちろん、コンチクショーとは思ってる。

 ヤラシイ話だが、海乃を抱いてるのぶを想像すると、腹が立つどころでなく殺意を覚える。人を殺したいって

感情って、こんなに黒いんだ……とか。

 ヤラシイ話だが、私は二人ともの裸を知ってるからなぁ……妙にリアルに想像出来る。うあああああああー

っ!……嫌だ!!思っきり、想像しちゃったよう!!

 ……やっぱり来るんじゃなかった。

 ココは海乃のオウム貝だ……『うんうん、そんな事があったんだ?』のぶから聞いただけの話が、私には今、

海乃の声で聞こえるよ……嘘ならいいのに……嘘にしてくれればいいのに……

 私はチラチラと点滅を繰り返す星空の天井を、いつまでも見つめていた。



 朝は早めにチェックアウトして、金沢文庫に向かった。海を臨むその地は、白亜でセレブな街並みで私は圧倒

された。

 そうだよね……オカノコーポレーションて言えば、超大手だもんね。TVでCMやってるくらいだもん。イイトコ

ロに住んでても、それは当たり前なんだ。……海乃もこの辺に居たのだろうか?居るのだろうか?

 ショッピングモールに車を停めて、綾はオープンカフェに私を押し込んだ。

「岡野のババアと会えるのは30分だ。1時間で戻るからここで待ってな」

 私は……結構呑気でいたけど、綾には思っているより大事みたいだ。あんな険しい顔されると、私まで落ち着

かなくなる。

 待ってろとは言われたけど、オープンカフェをいいことに私はカフェを抜け出した。

 ……と言っても、ただブラブラとウィンドウショッピングをしていただけだった。

 てろーんとしたずだ袋みたいなワンピースを見る度海乃を想い、コスメショップのショーケースでは懲りずに

海乃の香りを探した。依存する想いだけは、変わらないで私を焦がしている。

 ふと、アクセサリーショップで足を止めた。ぐるぐると平に渦を巻いた貝から、不穏な目玉を覗かせ、その下

からはワナワナと触手を伸ばしたシルバーピアス……グロテスクだ……いかにも海乃が好きそうだ。プレートに

は『Nautilus』とある……ノーチラス号はジュール・ヴェルヌの『海底二万里』に出てくる潜水艦の名前で……

意味は……オウム貝だ!

 うっ!生きてる時って、こんななの?気持ち悪い。……こんなのよく採ろうと思ったなぁ、いや、よく食べた

なぁ。変な所で根性あるよね、あの娘。

 私は迷う事なく、そのピアスを買った。



 どう真似てみたって、どう転んだって、私は海乃になれないんだ。あんな変な娘にはね。

 だから、好きなんだよね。



 いかにも忠犬のように、指定カフェのオープン席に座って、カフェオレをボウルからズルズルとすすって綾を

待っていると、頭の上から声が降りかかる。

「何だ?その不気味なピアスは」

 どこから見ても男な綾でも、子宮を持った女子なだけある。服やスタイル、ミリ単位の前髪の変化まで、ピタ

リと言い当てる。まぁゴールドのただの丸ピアスがシルバーの変なのに変わってりゃ、単細胞な男でもわかる

か。

「……アンモナイト?」

 ああ!惜しい。言い得て妙だね。

「Regrettable!This is a Nautilus!」

 なんて久しぶりに英語使ったかな……英文科卒なのにね。


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