小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 さあ寝るかと、橘と私は橘のベッドに潜り込んだ。

 本当は、お客様布団を用意してくれてたんだけど……本のビルだらけのこの部屋に布団を敷くのは、ちょっ

と至難の技だった。

 橘は「大丈夫、敷けるから」と本の山を部屋の隅にずらしたり、更に高く山積みにして頑張ってくれていた

が、そびえ立つ本の谷間でぐっすり眠れるほど、私はサバイバーでもチャレンジャーでもないので、一緒に寝

ようと言ったのだ。

 橘のベッドはワイドシングルだから無理はないだろうと。

「わたし寝相悪いんだよ。七恵ちゃん蹴り落としたら……ごめんね」

「私も寝相悪いからお互い様ね」

 向かい合って寝るといつまでも喋ってしまうので、私たちは並んで天井を見ながら目を閉じた。

「ねえ大丈夫?暑くない?」

「大丈夫。快適エアコンおやすみタイマーで入れてくれてるじゃん」

 ……本当は熱いです、私は胸が!ぐらぐらとたぎってます!……言うわけないが。

「風邪引かないでね……明日から試験だし、終わったら夏休みだから」

 橘は眠る気ないのかな……ちょこちょこ話しかけてくる。

「……わたしね、こんな風に一緒に寝れる友達って初めてで……嬉しくて。コーフンして眠れないよ」


 橘は布団に潜って「うふふ」と笑った。

 きゅんとした。

 手を……繋いじゃおうかと、思った。

「そうだ。わたし、冬も苦手。寒いのがダメ……」

 そう言ってコロンと私の方に寝返りを打つと、橘は静かに寝息を立て始めた。

 ……何が「眠れない」だ!?眠れないのは私の方だよ。

 枕から頭を落として、布団に潜ったまま、私の肩に止まるように丸まって眠っている橘と向かい合う。

 パイル地の、パーカー式のパジャマの胸元から、ハダカの素肌が覗けそうだ。……覗かないけど。

 顔にかかる前髪をかきあげる。橘は目を開けない。頬に触れても、唇をつついても、鼻をつまんでも、橘は

起きない。

 なんて無防備なんだ……

 片付けと数学と、ウニとイクラとカブトムシ、早起きとポニーテールと自転車、左手を使う事全般、それか

ら内緒話が苦手……

 苦手なものばかり聞いちゃったから、今度は好きなものを聞いてゆこう。

 わかった事は、首が長くてうなじが凄く綺麗な事、毎日隣の席の男子に消しゴムを貸してる事、その男子の

手が実はキレイだって知っている事、今まで一緒に寝るような友達が居なかった事、寝付きが異様に良い事、

布団に潜って丸まって寝る事、それから……戸川暢志という隣の席の男子が、好きなこと……

 橘は丸まったままちんまりと、微動だにせず眠っている。

 ……どのへんが、寝相が悪いんだか……

 私はそっと、橘の首の下に腕を通して橘の細い肩を抱いた。

 長すぎる前髪は、見つめる視線を隠すためだったの?そうやって、どれだけ自分を抑えて来たんだろう。

 だって橘は、格別に嘘が上手い。

 何をしても起きそうもない橘を、私の二本の腕がそっとぎゅっと抱きしめる。橘の小さな身体は温かかっ

た。

 ……冬も苦手だって言ってたね。寒くなったらいつでもこうして温めてあげるよ、橘……

 誰も見たことのない、橘の白くて丸い額に唇をあてた。

 橘の、冷たい額に、私の唇ばかりが熱く熱を帯びていた。





 ………………私のアホ。

 結局、私がほとんど眠れなかった!

 何!?どうなっちゃってるの、私!?

 とにかく試験よ!期末テスト!!

 これさえ終われば、楽しい楽しい夏休み!!

 私は今年、サイコーの夏にするんだから!



「オハヨー!昨日サンキューな!」

 橘と並んで校門を過ぎた所で、後ろからのぶが肩を叩いて声をかけていた。

 私はのぶの首根っこを掴んで耳打ちした。

「今日、あんたに良いことがある。後で奢れ」

「な、何だよ?」

 ……何故そこでお前が赤くなるんだ!!何を期待している!?このスーパーバカエロサイヤ人予備軍(仮)!!

 にわかに腹が立って、のぶの腰あたりを力任せに蹴飛ばした!

「全部お前のせいだ!使い物にならなくなってしまえ!」


 

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