小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>


「いつの間にパパになっちゃったの?」

「この娘は2才だよ、まだ」

 神社の横の石垣に座って、懐かしいヤスと話をしていた。

「……のぶは知ってるの?」

 ヤスはニヤ〜っと笑って言った。

「ああ、全部知ってし、聞いてるよ、ぜ〜んぶ」

 ……何て事だ。のぶには私以外にも友達がいたのか!男は意外におしゃべりだから嫌だ!

「……酷いことするな、のぶも」

「それ、まさか私の事?いつからどこまで聞いてるのよ!?」

「だから全部だよ。俺、大学から名古屋行ったけど、月イチくらいで電話してたから……橘の事も知ってる。七

恵の事も……付き合い方も聞いた」

 つまり私の綾が、のぶにはヤスだったって事か……

「俺さ、名古屋で彼女とうまくいかなくなった時があってさ、その時一度だけ橘に電話したことあんだわ」

 何?その今頃の告白は!?

「そう言えばヤス、海乃好きだったんだっけね?」

「言うなよ。でも、あん時はマジ告白でもすっかなぁって思って『好きなヤツいる?』って訊いたら、すごく嬉

しそうに『うん』て言われた。まあ、のぶがそばにいるからなあ……って、玉砕覚悟で相手を訊いたらさ……聞

いて驚け!のぶと……七恵って言われたんだ」

 ……な!? なんだ、とーっっ!?

 冗談だろう、ただのリップサービスだろう……思いながらも、顔が……いや全身が、発熱してしまう!

「……面白い。七恵、マジんなってる?顔が真っ赤だぞ。まだ橘に惚れてんの?」

「な、何言ってんのよ!アレは昔のぶが言った苦し紛れの嘘じゃない」

 ヤスは子供をあやしながらもニヤニヤ顔をやめない。

「俺、知ってたよ?七恵が橘にマジ惚れしてるの。俺、初めは七恵が好きだったんだよ。で、七恵を見るじゃ

ん?そうすっと七恵は橘を見てるわけよ。だからそのまま橘を見ちゃううちに、いいなあ……って、思ったんだ

から」

 え!?……そんな仕組みが隠されてたのか!どうりで私がモテないはずだ……じゃなくてサ!!

「いや……あの……のぶにそれ言ったの?」

「いや。七恵の目線の事も、橘の好きなヤツの事も言ってない。またいつだったかみたいに殴られんの嫌だし。

ただ電話してフラレたとだけ言った。でものぶはそれでやる気出したみたいだった」

「……やる気って、どんなやる気?」

「のぶのやる気ったらひとつしかないじゃん」

 嗚呼……やっぱり。

「それ、いつの話?」

「3年前の夏。あれからすぐに橘はいなくなっちゃって、俺の彼女が妊娠した」

 ……それで最初で最後の夜か……不憫だな、のぶも。と言うか、所詮自分からは動いてなかったのか、あのヘ

タレ!

「のぶ、橘捕まえた?しばらく連絡がつかないんだよ」

 ヤスとのぶが繋がってたとは、思わぬ落とし穴だったな……でも今はヤスさえ使ってないのか。

「只今、海乃争奪戦の最中です。のぶは今、大船のお店に行ってるのよ。帰ってるかも知らないわ……ヤス、の

ぶの中野のアパートとか知ってる?」

「一度だけ泊まらせてもらったよ。でも今回はカミサンと子供連れで実家だから……中野には行けないな。よろ

しく言っといてよ」

「嫌だよ!今、喧嘩中だもん……私が海乃を勝ち取ったらよろしく言っとく」

「ハハハ。まあいいけどさ」

 いつの間にかヤスの膝で眠ってしまった娘を抱いて、ヤスは立ち上がった。

「子供、可愛いね」

「七重も産めば?」

「海乃の子なら、喜んで!」なーんて事までは、知られてても言えずに、舌を出して拒否って見せた。

 ……友達ってヤツは、見てないようで、結構見てるんだなと、薄ら怖いものを感じた。

 でも……のぶに話せる友達が居たことが、今更だけどわかったのは、ちょっと嬉しかった。

 ……そういえば海乃には、気持ちを話せるような友達が、横浜では居たのだろうか……


-112-
Copyright ©魚庵(ととあん) All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える