小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 うちの近くまで歩いて来た時に、不意にヤスが笑い出した。

「そうだ。のぶのアパート行ったらさ、部屋の奥に棚みたいに置きっぱにしてあるちゃぶ台についてる引き出し

の中……こっそり見てみな。面白い物入ってるから」

「え?タバコとか入れてるんじゃなかった?」

「その奥だよ。ぶっ飛ぶぜ!」

 それだけ言うと、ヤスは涙まで浮かべて、思い出し大笑いを続けた。

 やだな、気になる。どっちにしろ、近々私の研究報告書を持ってのぶの所に行くつもりでいたから、こっそり

見てやろう!

「俺さ、のぶと七恵と橘が、3人でイチャイチャくっついてんの見てるの、結構好きだったよ」

 うちの前まで来て、ヤスが別れ際に言った。

「のぶでも七恵でもいいよ。橘の事、幸せにしてやってよ」

「ヤスに言われるでもないよ!」

 私たちは拳をゴツッと合わせてから、手を振った。

「今度ヤスが実家に来た時には、特別に会わせてあげるわよ……海乃に」



 細く開いたままの窓を開けて手を差し込めば、そこに鍵は置かれている。

 それはまるで「別れてくれ」と言われたはずの私を、待ち焦がれていたように佇んでいた。

 ガチャリと錠を回して、扉を開ける。誰も居ない部屋に囁くように声をかける。

「おはようございます。但馬七恵でございます」

 今日もごきげんに戸川暢志の部屋へ、不法侵入を実行させて頂いております。……なんて。

 通い慣れたのぶの部屋に来るのも、実に7週間ぶりの事だ……

 相も変わらぬ、のぶの匂い……ほとんどタバコ臭いけど。

 とりあえず、のぶに会うために来た部屋だが……連絡もせず、のぶが帰る前に内緒で家宅侵入に及んだのには

ワケがある。

 そりゃもう、ヤスから聞いたのぶの『秘密の引き出し』を覗く為だ!

「オ〜ジャマジャマジャマ〜♪」なんて、歌いながら上がり込み、明かりを点けて、部屋の奥へと進む。敷きっ

ぱなしの布団の向こうに置かれたテーブルには、天板の下に引出しが付いている。

 そうっと開けてみると……未開封のタバコが2箱と使い捨てライターが3個。更にその奥を見ようと、引き出

しをいっぱいいっぱいまで開けた。中には、何枚もの写真とハガキ……それから小さな密閉式ビニール袋……

「何だ?こりゃ」

 一緒に引き出しを覗き込んでいた綾が、袋をつまみ上げた。

 中にはかなり古い、口紅のついたタバコの吸い殻。ビニール袋にはマジックで『10/2体育倉庫』と書いてあっ

た。

 2分の10のわけないから、10月2日だと思うけどいつのだ?体育倉庫って……ああぁあっ!!

 学祭の『ロミオとジュリエット』の前に、のぶが体育倉庫前で吸ってたタバコだ!海乃が呼びに来て、共犯に

なるってくわえたタバコだ!!そうそう、あの時ポケットにしまってた!アレ、とっといてたの?ぶゎはははは

は!……信じられない!

 ひとつ見つけたら、もう止まらない!引き出しの奥から掻き出すようにして、全てチェックした。

 学祭の写真、卒業式の写真、海の写真、遊園地の写真、クリスマスに誕生日……ありとあらゆる、海乃と過ご

した時間が切り取られたように押し込まれていた。

「写真嫌いの海乃の写真をよくここまで集めたな……やっぱりのぶって、良いのは顔だけの変態だわ」

「しかし面白いくらい七恵も写ってるなあ……」

「当たり前じゃない。ツーショットなんて私が許さない……ていうか、何で綾まで見てんのよ!?のぶが帰って来

ないか見張ってて言ったじゃない」

 一緒に呑気に写真を眺めてる綾を蹴飛ばした。

「こんな面白いモン、独り占めは良くないだろ!」

 確かにまあ面白すぎるわ。

 他にも、7枚の年賀状に、一緒に出かけた先のレシート……、海乃が書いたであろう落書き入りノートの切れ

端、軽井沢までの高速道路のチケット、横浜のホテルの領収書……余りにも女々しいが、これはのぶが想い続け

た10年分の海乃のメモリーボックスだ。

 ヤスじゃないが、涙が出るほど面白くて……寒気がしてきた。


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