小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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「……言っちゃったか、遂に」

 綾が頭を「イイコイイコ」と撫でながら、涙腺の決壊した瞼の上にハンカチを置いてくれた。ハンカチから

はホストの香りがした。懐かしいエタニティ……なんてどころじゃない。

 腰を抜かしたまま私を見つめるのぶの胸ぐら引っ掴む。もうお構い無しだ!

「何て顔してんのよ!?新宿に勤めてて今更ビアンが珍しいのかよ!?」

 のぶは小さく首を振って何か言いかける。けど、聞く気はない。

「私は、海乃が笑っていてくれるなら、何だってする!海乃を幸せに出来るならどんな嘘もつくし、幼馴染み

だって騙すわ……だからごめん。だけど!何で本人より先にアンタに告白しなきゃなんないんだ!ばかあ!!」

「七恵、待てよ、それなら……」

「お手々つないでなんて嫌よ!誰がアンタになんてやるもんか!アンタに海乃取られるくらいなら、私がアン

タを取る!一生跪かせてやる!!」

 それだけ言って、一方的にのぶの部屋を出た。



 階段の下で膝を抱えて泣いていたら、暫く経って綾が下りてきた。パチ、パチ、パチとゆっくり拍手しなが

ら……「お見事」と綾は言った。

「なかなかイイ修羅場になったんじゃない?」

「何が修羅場よ!何だって綾まであんなムキになって……結局綾も海乃が好きなんじゃない!」

「そりゃ好きだわ。誰より可愛い妹だもん……てか、のぶと面と向かうと腹立つな!まさか白騎士の名前出さ

れると思わなかったし」

 綾は自分の頭を掻き毟った。

「綾も伝説の人だったんだ」

「あの世界は息が短いからね、ちょっとハデな事すりゃすぐに伝説になるけど……すぐに忘れられる」

 目の前に手のひらが差し出された。

「帰ろう。お前はよくやった。10年あっためた伝説だもんな」

 かつてのホストがスマートに出した手を取って立ち上がる。

「ねえ。上手な嘘のつき方って、知ってる?」

「真実を混ぜるってヤツか?」

「うん、そう。海乃は嘘がうまかった。でも海乃はいつもホントの事しか言わないの……私なんてまだまだだ

わ」

「そうか?七恵は感情が丸見えだから、ホントの事言ってるのと同じだ」

「いっ!?」私はギクギクギクリとする。

「七恵はのぶの事もちゃんと好きだろ?」

 ニヤリと笑う……全くこの医者は……

「……時々綾がすごく嫌い」

「素敵な愛の告白だね」

「……海乃の次に、だけどね」

 予定外の大告白大会になっちゃったけど……いつかはわかるんだ。もう後には退けない。

 ……ってコトより、自分の気持ちくらいは、いちばん初めに海乃に伝えたかったよぉ……




 口にした言葉は、想いに拍車を駆ける。

 逢いたいよ逢いたいよ逢いたいよ逢いたいよ!




「七恵、うーちゃん迎えに行くか?」

 車で中野から新宿に抜けて、高速に乗ろうかと言うときに綾が言った。ちょっと諦めたように。

「……ミサオちゃんの所?」

 まだまだ明かりの消えない、新宿の街並みを眺めながら。

「やっぱり知ってたか」

「さっき、そうかな……って思った。『うーちゃん』て、ウサギみたいだからだって、綾言ってたじゃない?

やっぱりそうなの?」

「はっきりはしてないが……恐らくね。……落ち着いてるね。どした?」

 夜の高速道路は綺麗。走る緊張感だけが研ぎ澄まされる。助手席に座ってる身分で申し訳ないけど。

「ミサオちゃんと居るなら安心だもん……会わせてもらえないのも時期じゃないって思える。……私、海乃の

婚約者に会いたい」

「今更?」

「だって……私たち、海乃の3年間をまるで知らない。だから……のぶにだって本当に逢いたいかわからない

じゃない」

「結婚控えた浮かれ頭で、自分を捨てた女をどう言うかわからないぞ?」

「上等だわ。お手並み拝見」

 待っててね。心で小さく呟いた。


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